今日の親仁(オヤジ)ギャグ

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今週の親仁ギャグ・2019年6月2日(日)〜6月8日(土)

●陸前高田は大船渡と気仙沼の中間点です。45号線を南下します。国道とは言え、幅員の短い、片道一車線の狭い山道です。そのくねくね道を南下して急に拓けるのが陸前高田市です(平野とは言えませんが)。一部が舗装されていない仮設と思われる路面の左手奥に見えるのが「奇跡の一本松」と、波に洗われ半折れした「陸前高田ユースホステル」です。45号線の右側に駐車場があり、そこから「奇跡の一本松」へは300m程歩かなければなりません。陸前高田市の市街地の今は、何も建物がない・・・・・・と言っていいほどのっぺらです。陸前高田市の盛土の量は分かりませんが、お隣の気仙沼市の場合、1200万㎥の土が必要だったそうです。それは74cmの地盤沈下のためです。多分に陸前高田市も同様のことでしょう。陸前高田の市街地は、大船渡や気仙沼とちがって周囲が台地なので居住地はそこを削って高台に移転しようとしているのでしょう。ちらほらと高台には建物が見えました。破壊されたのっぺらの市街地にはナイター設備が建設中でした。想像するに、野球場などの公的施設を建設中なのでしょう。つづく。6月8日。

●陸前高田市の震度は6弱を記録しました。死者と行方不明者は1771名に達しています。この数字は最も犠牲者の多かった宮城県石巻市の3712名に次ぐものです。震災前の此処の航空写真を見ると、むろん約7万本を有する松林が写っています。これが高田松原と言われるものでした。その中でただ一本だけが、なぎ倒されずに残った「奇跡の一本松」です。ところがこの松も海水の影響(塩害)で、翌年(平成24年)の5月に枯死してしまいました。現在は防腐処理され、モニュメントとして保存されています。つづく。6月5日。


固定リンク | 2019年06月02日【616】

今週の親仁ギャグ・2019年5月26日(日)〜6月1日(土)

●「奇跡の一本松」のある陸前高田市は津波被害の大きかった4つの地震による津波の到達(浸水)地域をマッピングして公表しています。その資料地図から私が計算した津波到達の距離は、1896年(明治29)のM8.5の明治三陸地震では海岸から約1000m弱の市民体育館(今回の震災前)まで、1933年(昭和8)のM8.1の昭和三陸地震では約1150mの県立高田病院(同)、1960(昭和35)に発生したM9.5のチリ地震では約1200mの高田市・市庁舎(同)です。そして2011年(平成23)の東北地方太平洋地震の津波到達距離は、なんと約4500m(もしくはそれ以上)だったのであります。驚愕の数字であり、未曾有の被害を生んだ理由だったのです。つづく。5月31日。

●東北地方は、記録に残るだけでもかなりの数の津波に襲われてきました。数字はマグニチュードと発生年を表しています。
貞観地震 8.3(推定) 869 貞観 11 年
慶長三陸地震 8.1(推定) 1611 慶長 16 年
延宝三陸沖地震 7.3(推定) 1677 延宝 5 年
延宝房総沖地震 8.0(推定) 1677 延宝 5 年
青森県東方沖地震 7.5(推定) 1763 宝暦 13 年
寛政宮城沖地震 8.2(推定) 1793 寛政 5 年
宮城県沖地震 7.5(推定) 1835 天保 6 年
安政三陸沖地震 8.0(推定) 1856 安政 3 年
宮城県沖地震 7.4(推定) 1861 文久元年
明治三陸地震 8.5 1896 明治 29 年
昭和三陸地震 8.1 1933 昭和 8 年
十勝沖地震 8.2 1952 昭和 27 年
チリ地震 9.5 1960 昭和 35 年
エトロフ島沖地震 8.1 1963 昭和 38 年
十勝沖地震 7.9 1968 昭和 43 年
チリ地震 8.8 2010 平成 22 年
東北地方太平洋沖地震 9.0 2011 平成 23 年
つづく。5月31日。


固定リンク | 2019年05月26日【612】

今週の親仁ギャグ・2019年5月19日(日)〜5月25日(土)

●今回の旅で宿泊した大船渡市の中心市街地の津波の高さ(津波痕跡高)は16.7mでした。中心市街地はほぼ全滅状態でした。昭和33年のチリ沖地震を教訓(大船渡の犠牲者は53名・国内最大)にして、その3年後から深海防波堤の建設に着手し、その4年後に完成させましたが、今回の大震災でほぼ全壊しました。国交省の見解では、防波堤の効果はゼロではなく2割程度は貢献した・・・・・・としています。今回の大震災により大船渡市の中心市街地は全滅というほど壊滅的な被害であり、国道45号線も三陸鉄道リアス線の線路も浸水しました。津波の高さは16.7mと巨大でしたが、最大遡上高(=浸水高)31.9mと言いますから、これまた驚愕の数字です。大船渡市の震度は5弱〜6弱であり、死亡者は340人、行方不明者は79人、家屋倒壊数は3938棟でした。震災後、河口防波堤の建設が2012年7月に着工し、開口部を含めた総延長は736メートルで、防波堤の基礎となるケーソンと呼ばれるコンクリート製の箱の幅は震災の津波で破壊された従来の堤防の約2倍の24・6メートル、肝心の防波堤高は同約2倍の12.8m、事業費は約255億円で、2017年2月に竣工しました。大船渡は平野部の少ない、長崎市や小樽市を小さくしたような地形です。企業は太平洋セメント大船渡工場があります。最近では大船渡高校の佐々木朗希投手が高校最速の163キロを投げて話題になりました。わたしもついでながら大船渡高校を訪ねましたが、残念ながら(当然ですが)敷地内には入れず、グランドも全く見えず、有名人の投球を直に見ることは叶いませんでした。甲子園の楽しみに取っておきましょう。つづく。5月23日。

●東日本大震災の発生時刻は14時46分。三陸の岩手県には久慈市沖と宮古市沖、それに釜石市沖の3か所にGPS波浪計が設置されているそうで、その記録によると7回もの上昇がみられた・・・・・・という。最大は6mを超えており、沿岸部の津波の高さは沖合の2〜3倍とされるから、これに合致したことになる。津波は必ずしも第一波が最高ではなく、大船渡市到達の第1波観測は0.2m(14時54分)、第二波は3.3m(15時15分)、第三波が8.0m以上(15時18分)、第四派が最大の11.8m(時間不明)と公表されている。もちろん大船渡市も広いので入り江(河口)によって時間と高さは異なる。つづく。5月22日。

●2011年3月11日に発生した東日本大震災。牡鹿半島沖130kmを震源としたマグニチュード9.0の大地震。M9.0は日本の観測史上最大の地震。震源は深さ24km。断層のズレ(すべり量)は約65m。震源域は南北で約500km、東西で約200km、深さは5〜40km。全体の犠牲者は行方不明者2561名を含め18455人、県別では宮城県が10777名、岩手県が5797名、福島県が1810名の驚愕の数字である。つづく。5月20日。


固定リンク | 2019年05月19日【611】

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