今日の親仁(オヤジ)ギャグ

最近の記事

今週の親仁ギャグ・2020年7月26日(日)〜8月1日(土)

●「プラスチックゴミの脅威
週刊新潮「7月30日風待月増大号」の「写真コラム」に、某国某環境大臣夫人が都内の高級スーパーで愛児を前抱きにして買い物をする姿があります。律儀な主婦という感じで如何にも幸せそうな家庭生活を「クラシタル」という印象を受けました。ところが帰路、左手にぶら提げている袋はマイバッグではなくプラスチック製の有料レジ袋なのであります。

金之助「最近の主人先生は、えらくプラスチックのごみ捨てに凝っているようじゃにゃんですか。どういう風の吹き回しにゃん?」

主人先生「このコロナ禍で、BBCによると、『一日に世界中では毎月、マスク1290億枚とプラスチック製手袋650億組が捨てられているとする推計もある。』というからね。プラスチック製のごみ袋に関しては、捨てられて海中まで到達する量は全体の数パーセントらしいいけど、それでもそれらをクジラやイルカやウミガメなどが誤食して死んでしまうような痛ましい写真をみると、自分だけでもしっかり分別しないといけない・・・・・・と強く思うようになったのじゃ」

金之助「もともと日本でのプラスチックごみの量というのはどれほどニャン?」

主人先生「そうじゃな、大切なことじゃ。金之助がもらうレトルトも鰹の切り身の入れ物も、あれもこれもプラごみじゃからな。その海洋ごみについて、NHKの『大学生とつくる就活応援ニュースゼミ』(2020年7月1日)という格好のネット記事を見つけたから、それをまとめてみよう。
プラごみの第一番の問題は、海洋プラスチックであり、世界で年間約800万トンが海に流出している。(これはスカイツリーでおよそ222基分、ジャンボジェットで約5万機相当)。2050年のその量は、全ての魚の重量を上回ると云うから深刻じゃ。
プラごみは海の自然の力や紫外線によって細かく砕かれ5ミクロン以下のマイクロプラスチックと呼ばれる微粒子となる。そしてこれが食物連鎖で最終的に人体に取り込まれ、発癌など様々な悪影響を及ぼすであろうことが危惧されているのじゃ。
そのマイクロプラスチックの量は、一人当たり一週間で平均5グラム(NWF=世界自然保護基金)という数字じゃ。マイクロプラスチックは海水中の有害物質を吸着しやすいばかりでなく、後から回収することが不可能であることからも、極めて質の悪い問題じゃ。
日本のプラスチックごみの産出量は年間約903万トン(2017年)で、その86%がサーマルリサイクル(58%)や再生樹脂などで有効利用されているのじゃ。しかしまだ14%は単純焼却か埋立なのじゃが。(海洋ばかりでなく屋外に捨てられてプラごみも紫外線で細かくなり、これも雨水などで海洋へ流れ込んでいるんじゃ)。
陸から海洋に流出したプラスチックごみの発生量は国別に、1位が中国の年間353万トン、次いでインドネシアの129万トン、フィリピンの75万トン、ベトナムの73万トン、スリランカの64万トン・・・・・・アメリカが20位で16万トン日本は30位の6万トンじゃ。これらは2010年の資料だから現在はもっと増えているだろうよ。以下に参考までにプラスチックの分類を示しておくからな」

つづく。8月1日。

プラスチックの分類
汎用樹脂(熱可塑性)
ポリエチレン(PE)
ポリプロピレン(PP)
ポリスチレン(PS)
アクリロニトリル-スチレン樹脂(AS)
アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂(ABS)
ポリ塩化ビニル(PVC)
メタクリル樹脂(PMMA)
ポリエチレンテレフタラート(PET)
ポリビニルアルコール(PVA)
汎用エンジニアリング樹脂(エンプラ、熱可塑性)
ポリアミド(PA):ナイロン6(PA6)
ポリアミド(PA):ナイロン66(PA66)
ポリアミド(PA):ナイロン12(PA12)
ポリアセタール(POM)
ポリカーボネート(PC)
変性ポリフェニレンエーテル(m-PPE)
ポリブチレンテレフタラート(PBT)
GF強化ポリエチレンテレフタラート(GF-PET)
超高分子量ポリエチレン(UHPE)
   
スーパーエンジニアリング樹脂(スーパーエンプラ)
ポリフェニレンスルフィド(PPS)
ポリイミド(PI)
ポリエーテルイミド(PEI)
ポリアミドイミド(PAI)
ポリアリレート(PAR)
ポリスルホン(PSF、PSU)
ポリエーテルスルホン(PES)
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)
液晶ポリマー(LCP)
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、いわゆるフッ素樹脂
ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、いわゆるフッ素樹脂
その他(熱可塑性)
フッ素樹脂:上記のスーパーエンプラである「ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)」、「ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)」を参考。
超高分子ポリエチレン(UHMWPE)
ポリメチルテルペン(PMP)
熱可塑性エラストマー
生分解性プラスチック
ポリアクリロニトリル
繊維素系プラスチック
熱硬化性樹脂
フェノール樹脂(PF)
ユリア樹脂(UF)
メラミン樹脂(MF)
不飽和ポリエステル樹脂(UP)
ポリウレタン(PU)
ジアリルフタレート樹脂(PDAP)、アリル樹脂
シリコン樹脂(SI)
アルキド樹脂
エポキシ樹脂(EP)
フラン樹脂
(以上)


固定リンク | 2020年07月26日【671】

今週の親仁ギャグ・2020年7月19日(日)〜7月25日(土)

●「憂きがなかにも楽しき月日を送りぬ
▼スペイン風邪の1918年、ニッカウヰスキーの創設者、竹鶴政孝が神戸港から東洋汽船の天洋丸でスコットランドに旅立った年であるります。日本にはまだスペイン風邪がもちこまれなかった6月29日です。
天洋丸は香港から上海、長崎、神戸、横浜、ホノルルに寄港してさんふに向う。神戸からサンフランシスコまでは二十日間、運賃は一等二百七ドル五十セント・・・・・・」(川又一英「ヒゲのウヰスキー誕生す」・新潮文庫・pp54〜55)と云う時代でした。
▼わたしが山口大学の教官時代(まだ独身でした)、医学部主催で利根川進氏の講演があり、拝聴したことがありました。そうです、先生がノーベル賞受賞直後の頃です。テルモ(株)ウエブサイトに以下の文面が載せてあります。
「▽その約100年前の1889年、北里柴三郎は不可能といわれた破傷風菌の純粋培養に成功し、世界を驚かせた。さらに破傷風菌の毒素を無力化する「抗体」を発見し、血清療法を確立した。また、抗体はジフテリアをはじめ、いろいろな感染症の治療に応用できる多様性を持つこともわかった
利根川進は、アメリカに「分子生物学」という学問があることを知り、アメリカへ留学した。さらにスイスの免疫学研究所へ移り、そこで抗体の研究をはじめた
人体には、さまざまな細菌やウイルスなどの異物が侵入してくる。これに対し、血液成分のひとつであるリンパ球のB細胞は、その細菌なり、ウイルスなりに対する抗体を作る。すると同じ異物が再び侵入したとき、簡単に撃退できるようになる。これが免疫だ。どんな異物が侵入しても、B細胞はそれに応じた抗体を作ることができ、その種類は100億を超える。この「抗体多様性の謎」は、北里の時代から未解決のままだった
スイスに来て四年目、利根川はアメリカで行われたシンポジウムに参加した。そこで発表された、抗体多様性に関する彼の報告は、出席者の度肝を抜くものだった。なんと、遺伝子が変化するというのだ。遺伝子情報はDNAに書き込まれており、一生その形は変わらないため、指紋のようにその人を特定する決め手になる。しかし、利根川は「B細胞だけは自らの抗体遺伝子を自在に組み替えて、無数の異物に対応する無数の抗体を作ることができる」ことを証明したのだ。」
▼なんとも日本人としてこの上なく誇らしいことです。そしてもう一人、細菌・ウイルス学発展の歴史で忘れてならない日本人が野口英世でしょうか。野口英世は1928年、51歳で自らの研究テーマであった黄熱病で、アフリカのアクラ(ガーナの首都)にて斃れました。この英世の時代、まだウイルスと云う概念がしっかり確立されていませんでした。最初の電子顕微鏡 (TEM) がベルリン工科大学のマックス・クノールとエルンスト・ルスカよって開発されたのが1931年のことですから(ルスカは1986年にノーベル物理学賞を受賞)。
▼そのウイルスですが、そのほかにも多くの日本人が国内外を問わず、人類に貢献しています。わたしの拙い貧相な知識でも、
―鑛春朔(秋月藩藩医)が1789年に大庄屋・天野甚左衛門の子供たちに人痘法(天然痘の瘡蓋を粉末にして鼻腔に吹き入れる方法)で接種し成功。
1810年、ロシアに拉致された中川五郎治が、帰国後に牛痘を用いた種痘法を伝える。
そして大阪大学医学部前身の「適塾」の緒方洪庵先生。どれも天然痘の種痘に関する貢献ですが・・・・・・。

つづく。7月19日。


固定リンク | 2020年07月19日【670】

今週の親仁ギャグ・2020年7月12日(日)〜7月18日(土)

●「コロナ終息の展望
日本人がコロナに感染しにくいか、もしくは感染しても発症しにくいか、あるいは軽症で治まるのかのキーワードが「広域交叉反応性メモリーT細胞」と言われるようになっています。昨日(7月16日)のニュースでは、英オックスフォード大学製造ワクチンの臨床試験の暫定結果を発表し、中和抗体の上昇だけでなく、このT細胞の免疫システムの生成が確認されたとのことです。

金之助「そのT細胞とやらメモリーT細胞とやら、初耳でなんとも難し気な言葉じゃにゃん。金之助も毎年3種ワクチンをちくっと打たれているにゃんが、チンプンカンプンにゃん、にゃにがにゃんやら?」

主人先生「分かり易く云うとな、ワクチンを打つと中和抗体が産生されるのじゃが、もし抗体が消失してもな、そのメモリーT細胞というのは体内に記憶されて再度ウイルス(病原体)が侵入してきた際にすばやく反応してウイルスを攻撃、排除するのじゃ。T細胞にはメモリーT細胞の他にキラーT細胞とかヘルパーT細胞と云うものも存在し、これらはサイトカインなどの免疫活性化物質などを分泌して侵入したウイルスが局所増殖する前に殺すのじゃ」

金之助「キラーとか怖ろしいネーミングにゃん。それでも今回のコロナは手強いじゃじゃにゃん? 1918年のスペイン風邪はどうのような経過で終息したにゃん? 歴史に学ぶところは常に馬鹿にならないにゃん」

主人先生「そうだそうだ、日本のスペイン風邪は欧米から侵入してきたのじゃが(最初のエピセンターはアメリカかフランスとの2説あり)、当時のヒトの移動手段は主に船舶であったから、1918年1月に始まったエピデミックが日本に到達したのはその年の10月じゃ。第1派が1918年10月〜1919年3月2派が1919年12月〜1920年3月3波が1920年12月〜1921年3月じゃった。日本では当時の人口が約5500万人で、うち約2380万人が感染したとされ、死者は35万人とも50万人とも云われているんじゃな。世界では約20億人中5億人が感染し、1700万〜5000万人が死亡したのじゃ。2つの大戦に匹敵する死者じゃから相当じゃな。(日本人の35万人は、日露戦争の戦死者が9万人、東京大空襲が10万人じゃからの、スペイン風邪の猛威が分かると云うもんじゃ)。そうじゃった、問題はどのようにして終息したのかじゃな。それはな、多くの人が感染して抗体が形成される(集団免疫)が一番じゃが、当時の高齢者の死亡率は低かったのじゃな、この原因がT細胞に関係しとる可能性が高いのじゃな。1889年に流行したロシア風邪の獲得免疫じゃとされているのじゃ」

金之助「そうですか、メモリーT細胞の免疫システムとはそんなに長くもつんですにゃん? ところでスペイン風邪のウイルスはその後何処へ行ってしまったのですにゃん?」

主人先生「それがな、今も生き続けているのじゃ。実はな、2009年パンデミックとなった新型インフルエンザと同じH1N1型なのじゃ。そしてな、100年前の科学(ウイルス学)ではな、ウイルスの分離もできなかったし、抗体の検出も不可能じゃったのじゃ。抗体は1930年代になって、分離は1997年8月に至ってじゃ。前者は保存血清から、ウイルスはアラスカの凍土から見つかった4遺体からじゃそうな

金之助「科学は進歩したけど、世界の今の状況を見ると、根本的な解決策はソーシャルディスタンスとかマスクとか隔離とか、当時の政府の対策とあまり変わり映えしないようですがにゃん」

主人先生「結局のとどのつまりなは、やはり相当のヒトが感染するのと、何と言ってもワクチンじゃな。コロナの中和抗体はインフルエンザ同様に数カ月のもたない可能性が高そうじゃが、T細胞系免疫システムは数年もつとされるから、これに期待するしかないようじゃな。それとな、これも大事なことなんじゃが、スペイン風邪のH1N1型インフルエンザはな、今の亜型H1N1に比べて30倍も増殖力が強かったそうな。コロナもインフルエンザ同様に変異しやすいウイルスじゃからの、病原性が弱ってくれるのはけっこうじゃが、反対に強まるようじゃ大変じゃな。まあ、いずれにしても完全終息には、最低3年はかかるんじゃないか」

金之助「その間、主人先生はどのように巣ごもりするにゃんか?」

主人先生「このつづきは、また来週じゃな」

つづく。7月17日。


ウィルスなどに感染した細胞を見つけて排除します。T細胞は、ヘルパーT細胞、キラーT細胞、制御性T細胞(レギュラトリーT細胞)の3種類があり、それぞれ司令塔、殺し屋、ストッパー・クローザーの役割があります

キラーT細胞
樹状細胞から抗原情報を受け取り、ウィルスに感染した細胞やがん細胞にとりつき排除する、という「殺し屋」の働きを持っています
ヘルパーT細胞
樹状細胞やマクロファージから異物の情報(抗原)を受け取り、サイトカインなどの免疫活性化物質などを産生して、攻撃の戦略をたてて指令を出します
制御性T細胞
キラーT細胞などが、正常細胞にも過剰な攻撃をしないように、キラーT細胞の働きを抑制したり、免疫反応を終了に導いたり、というストッパー・クローザーの働きを持っています

以上、「テラのがん免疫療法情報ガイド」を転写。


固定リンク | 2020年07月12日【669】

[1]    «    1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7    »    [213]

- 管理用 -

最近のギャグ

月別ギャグ