今日の親仁(オヤジ)ギャグ

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今週の親仁ギャグ・2019年8月11日(日)〜8月17日(土)

今月の旅の主人公、山本五十六の復習をしています。余談ながら、(武人として重要なことですが)、最後の戦艦大和と運命を共にしたひとりは、伊藤整一という人物です。伊藤整一は、開戦時に対米最後通告の手交時間を調整した者で、当時は軍令部長を務めていました。大和水上特別特攻隊(菊水作戦)として沖縄の敵泊地に突入すべく昭和20年4月6日、瀬戸内の三田尻沖を発進し、その翌日の4月7日の午後2時25分、坊ノ岬沖(徳之島の北方200浬地点)で誘爆によって自沈したのです。(自沈とは言うものの、魚雷と爆撃被弾による)。ついでながらですが、大和の乗員は3332名で、269名の生存者のみ。その伊藤整一(第二艦隊)司令長官は、(最後通告が遅れた責任を当然、思っていたのでしょう)「艦長は奮戦苦闘のためか声もかすれており、その悲壮のなかに『総員最上甲板』の命令が出された。伊藤長官は参謀長以下の幕僚と訣別の挙手の答礼をされ、長身の体を悠然と階下の長官公室へはこばれ、ドアの鍵をしめられた。艦と運命を共にする覚悟なのであろう。」(日本戦艦の最後」吉村真武ほか著・潮書房光人社・p82・2015)・・・・・・このように最後を遂げたのです。つづく。8月16日。

●真珠湾攻撃後に手交された宣戦布告。真珠湾攻撃(米英との開戦)の決定は、12月1日に開かれた御前会議でなされた。同時に、対米宣戦布告は真珠湾攻撃の30分以上前に行うべきことも決定された・・・・・・のだが、実際は後先であったのだ。開戦決定の暗号は、彼の有名な「ニイタカヤマノボレ一二〇八(ひとふたまるはち)」。12月2日17時30分、大本営より機動部隊に対して暗号文(5桁数字15個)で発信されたのだ。ニイタカヤマ(新高山)は当時日本領であった台湾の山の名(現・玉山)で当時の日本の最高峰(3952m)。

1941年(昭和16年)12月8日、アメリカ合衆国のハワイ準州オワフ島の真珠湾空襲に参加した(大日本帝国海軍の空母機動部隊の)大日本帝国海軍の艦艇。
空母6隻(赤城 加賀 蒼龍 飛龍 瑞鶴 翔鶴)
艦載機399機(零戦120機 九九艦爆135機 九七艦攻144機)
戦艦2隻(比叡 霧島)
重巡2隻(利根 筑摩)
軽巡1隻(阿武隈)
駆逐艦9隻(谷風 浦風 浜風 磯風 陽炎 不知火 秋雲 霞 霰)
潜水艦3隻(伊19 伊21 伊23)
タンカー7隻(極東丸 健洋丸 国洋丸 神国丸 東邦丸 東栄丸 日本丸)
甲標的5隻
艦載機(未帰還29機 損傷74機 戦死55)
甲標的(全滅 戦死9 捕虜1※) ※酒巻和男少尉。太平洋戦争初の捕虜。
つづく。8月16日。

真珠湾攻撃の第一義は、米海軍空母(「エンタープライズ」「レキシントン」「サラトガ」)などを攻撃・撃沈させて、アメリカのその後の戦意喪失を期待してのものだった。が、空母3隻がいずれも整備や航空機輸送などの任務にあたっていたため、空襲時にはパールハーバーに停泊してしてなかった。それどころか、攻撃開始30分前に通告してあったろう「戦線布告」の文書が、こともあろうか攻撃開始の後だったのだ。これを正した山本五十六は、戦意喪失どころか「眠れる獅子」を起こして(目覚めさせて)しまったと・・・・・・頗る落胆したという。それも当然だ・・・・・・山本五十六は、米国に駐在し、ハーバード大学にも留学した人間であり、アメリカの石油力と工業力の偉大さを十分に理解していたのだから・・・・・・。山本五十六は、太平洋戦争開戦を強く反対した人物だが・・・・・・最終的に開戦に向いたのは、「真珠湾奇襲を成功させ、アメリカの戦意を砕き、平和交渉に持ち込みたかった」からだ。「(開戦)一年は大暴れして見せましょう」・・・・・・「それまでに和平交渉をお願いしますよ」・・・・・・というのが、山本五十六の偽ざる本音だったのだろう(周知のように)・・・・・・と言われています。つづく。8月16日。

●1941年(昭和16)12月8日の真珠湾攻撃(奇襲)。攻撃成功の暗号は「トラ・トラ・トラ」。その真珠湾攻撃で計画立案を主導した山本五十六。その真珠湾攻撃で計画立案を主導した山本五十六。「トラ・トラ・トラ」とは、「突撃」と「雷撃」を組み合わせた暗号。発信者は淵田機で、時刻は午前7時49分。受信したのは、第一航空艦隊旗艦の空母「赤城」の艦橋(指令室)の司令長官の南雲忠一(なぐもちゅういち)中将と参謀長の草鹿龍之介(くさかりゅうのすけ)。同時に、広島沖に停泊中の連合艦隊旗艦「長門」も受信し、そこのいたのは山本五十六。山本五十六は賭け事が好きで、この時でさえも賭け将棋をしていたというから・・・・・・大物だ。それも将棋を止めることがなかったという。つづく。8月16日。
 
山本五十六は1884(明治17)年に生まれ、1943(昭和18)年4月18日に戦死するまで、さまざまな華々しい経歴を踏みました。しかし戦争(太平洋戦争)突入には反対でした。もとは越後長岡藩士、高野貞吉の六男として誕生。1904年海軍兵学校卒業。1905年日露戦争日本海海戦にて戦傷、その年海軍少尉。1913年、海軍大学校入学(1916年卒業)。1915年、山本(帯刀)家を相続(1916年改姓)、この年海軍少佐。1919年、米国駐在、ハーバード大学留学、この年海軍中佐。1928年、軽巡洋艦五十鈴艦長、航空母艦赤城艦長。1929年、ロンドン軍縮会議参加、この年海軍少将。1934年、ロンドン海軍軍縮会議予備交渉の海軍側主席代表、この年海軍中将。1936年、海軍次官。1939年、連合艦隊司令長官。1940年、海軍大将。1941年、真珠湾攻撃作戦提出・・・・・・との軍歴である。山本五十六は父親が56歳の年に生まれたので、それが名前の由来とは有名な譚つづく。8月14日。

●明日の15日は終戦記念日です。8月に入って戦争関係のドキュメンタリー番組の増えるのが通年ですが、今年はどうなのでしょうか、従来よりは少ないようなきもしますが・・・・・・。先日の長岡の旅では「山本五十六記念館」を訪問しました。山本五十六が戦死したのはブーゲンビル(パプアニューギニア・ソロモン諸島)です。ブーゲンビル???・・・・・・私の身近な人もそこで終戦を迎え、今も健在な方がおられます。その人とは、私の故郷の獣医さんでもあり、村長さんを長年努められた方です。NHKの「戦争証言 アーカイブス」で、今もネット動画で視ることができます。その動画によると、村長さんは終戦5日前(8月10日か11日)に敵対陣地(米豪軍)への特攻(40〜50名)に選ばれましたが、8月13日(終戦3日前)に中止命令が出され、そのために帰還できたのです。中止命令下知の原因は、「8月15日には日本が降伏する」旨のビラ(「日本降伏セル速やかに投降セヨ」)を撒いたからであります。そのブーゲンビルで、海軍大将元帥連合艦隊司令長官山本五十六は1943(昭和18)年4月18日、暗号を解読した米軍機に待ち伏せされ撃墜されたのであります。その山本五十六元帥が搭乗していた海軍一式陸上攻撃機の左翼部分が、パプアニューギニア政府の厚意によって記念館に展示してあります。その真横には元帥がその時座っていた座席もありました。つづく。8月14日。。

●今年(2019)の長岡花火の2日間の総人出数は108万人で、昨年より4万人の増加だったそうです。日程は毎年、8月2日と3日。場所は長岡市長生橋下流信濃川河川敷。2日間の打上総数は約2万発。入場料は上が一人約3000円(升席有・無料自由席も多い)。プログラム数は最初と最後の「番外」含め41で、バックミュージック(BGM)のコラボあり。見物はプログラム19番の「復興祈願花火・フェニックス」(全長2km)、24番と35番の「正三尺玉」(計6発)、そして最終39番の「米百俵花火・尺玉100連発」、最初の番外「10号3発」(慰霊と平和の祈り)と最終の番外「匠の花火」(新作)。プログラムは分刻みの正確な進行。つづく。8月13日。

●見ると聴くとは大違い……見ると調べるも同じですな。旅ではわたしも下調べ(予習)を入念(?)にするのでありますが・・・・・・それでも限界があります。彼の文豪、三島由紀夫は、たとえば一ッ葉を見たことがなくてもそれを小説内で上手に使うことができた・・・・・・と何かに書いてありましたが・・・・・・凡人には、そうはなりませぬ。ここでは長岡花火を観賞後の、復習で得た知識を披露しましょう。そもそも長岡の花火は、「毎年8月1日から3日にかけ、長岡市内で行われる。内容は大きく分けて平和祭・昼行事・大花火大会でありその他にも灯籠流しなどがある。祭そのものの起源は1945年8月1日の長岡空襲からの復興を願い、翌1946年8月1日に行われた戦災復興祭が始まりであるが、長岡の地で始まった花火大会はこれとは別で、1879年9月14日と15日の2日間、千手町八幡様の祭りに長原などの遊廓関係者がお金を出し合って花火350発を打ち上げたのが始まりとされている。 その後、本格的な花火大会となったのは1906年からであり、現在の「長岡まつり」という名称になったのは1951年のことである。」(Wikipedia)。つづく。8月13日。


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今週の親仁ギャグ・2019年8月4日(日)〜8月10日(土)

●ついでながら、一般人が然も容易に官邸に入れるのか。多忙な総理や官房長官に面会するには官邸が最も煩わせることが少ないのでしょうが。ぶら下がりの記者などは許可証なんかがあるのでしょうが、東京オリンピックの招致関係でなにがしかの肩書があった滝川クリステルさんですが、今は所謂一般人じゃないんでしょうか。調べるに、一般人向けの「官邸特別見学」というサービスがあるんですな。しかし対象は小学5年生から中学3年生までで、人員は1〜40名までとのことです。むろん事前の予約が必要です。社会科見学で政治に興味をもってもらい、将来政治家を目指す人が増えるようにとの下心からでしょうか。余談まで・・・・・・でしたが、ともあれ、おめでとうございました。いやあ〜、これだけじゃ収まりませんから、もう一言・・・・・・9月にあるとされる内閣改造での初入閣のためのゴマ擦り的行動でしょうか。誰もそんなこと、思ってないし・・・・・・おもてなし・・・・・・ではないか。8月10日。

小泉進次郎衆議院議員の電撃結婚発表・・・・・・と言っても、俗な授かり婚でしたが・・・・・・。一般人が官邸に入っていいのか・・・・・・というよりも入れるのか・・・・・・であります。私なんぞは、進次郎氏は「菅さんに嵌められた?」(バッシングを受ける)が第一印象でした。その報を聞いたのは8月7日の甲子園球場、第二試合の静岡vs津田学園の試合中でした。11時前かと記憶しています。御存じの通り、高校野球を中継するNHKラジオ第一では、時報の後にニュースの時間がありますが・・・・・・試合中は定時ではなく、「この攻撃が終了してから」なのです。ところがこの告は定時のニュースではなく、「臨時ニュース」と断ったうえで、「小泉進次郎氏が滝川クリステルさんと官邸を訪問し、安倍首相と菅官房長官に結婚を報告しました」と一文を読み上げて、それだけで終了したのです。定時のニュース以外には全国の道路状況(関西の道路情報もある)や臨時の気象情報も流しますが、一国会議員の、それも私的な話題を公共放送が全国に流す・・・・・・とはなんたるこった。それも試合の真最中にであります。怒りぷんぷん・・・・・・ですが、意外に周りは(大人のようで)目くじら(目角)を立てていないようです。呵呵!!! つづく。8月10日。

●「今月の旅」は長岡でした。長岡と言えば、何と言っても「花火」であります。そして司馬遼太郎の「」の主人公で、どこかしら坂本龍馬に生き様が似ている河合継之助(1827〜1868)・・・・・・それに連合艦隊司令長官の山本五十六(1884〜1943)です。わたしの心の中には「花火」だけで越後まで出向くのには多少の足踏みがありました。司馬さんの小説の主人公の関連地は、今までそのほとんどを旅してきたのですが、河合継之助については、現在も、長岡ではあまり好まれていない(最終的には北越戊辰戦争で長岡に戦禍をもたらした)人物であることも調べ及んでいました。花より団子で、まずは魚沼で宿を取り、長岡で花火を見たら、在来線で魚沼に戻り、名物のホルモンをたんまりと喰らって、そのまま熟睡といきたかったのですが(余裕があれば小地谷で着物でも求めようか、なんて目論んでおったのですが)・・・・・・なにせ2日間で100万を超える花火の人出・・・・・・一駅や二駅の近隣市町に俄の宿など有ろう筈もありません。と言うことで今月の旅の順路は、羽田空港→東京駅から新幹線「とき」で長岡駅→(徒歩で)河合継之助記念館→(徒歩で)山本五十六記念館→(徒歩で)長岡花火会場(長生橋下流信濃川河川敷)→(徒歩で)長岡駅→新幹線「とき」→東京駅(東京一泊)・・・・・・でした。つづく:河合継之助は辞書などでは「かわいつぐのすけ」ですが、長岡では「かわいつぎのすけ」の呼び名が専らのようです。8月6日。

●ゴールデンウイークの10日間、わたしの病院のポストには葉書1枚も入りませんでした。10日間も郵便物が無かったとしても生活は一向に困らないことの証拠ですな。強いて言えば、請求書が郵便でくるようなもんですわ。(たまに珍しい人から手紙が入っていることがありますが)。請求書は別に宅急便でも一向に構いませんが、そうなれば(葉書や手紙などの小物郵便物が減ることからも)切手代が高騰するかもしれません・・・・・・しかしそれも世の流れで許されましょうか。実際、わたしが田舎の年寄と連絡するのも携帯電話などですし、たまに送る大物も宅急便で満足しています。それをですよ、真っ当な手段(商品開発や戦略)ではなくですよ、詐欺に奔ったのですよ。全社挙げてですよ。所詮、大企業や財閥というものはそんなもんですよ。今、(たまたま)小林多喜二の「蟹工船」を読んでいるのですが、財閥とやらは今も昔も質が悪いっていったら、頗るガッカリものですわ。前出の郵政関連社長ってのも、今回はしょぼけていましたが、それまでは万能善人で偉そうなことを宣ってましたよね。呵呵!!! 8月4日。

●ゴールデンウイークの譚になりますが、それはそれは自営業には頗る羨ましい10連休でありました。とくにわれわれ動物医療に係るもので、殊もあろうに10連休でもしようものなら、お客からは見放されます。今回の「かんぽ生命保険」の「険契約の無保険状態や二重契約など、かんぽ生命とその販売を受託している日本郵便による不適切な保険販売が次々と白日の下にさらされている。現在、公表されている多くの問題は、既存の契約者がすでに加入している保険を解約し、新しい保険や特約に入りなおす「契約乗り換え」に関するものがほとんどだ。」・・・・・・と言う内容の詐欺事件であります。周知のように郵政民営化で、郵政三事業の現在の分社化は、「ゆうちょ銀行」・「日本郵便」「かんぽ生命」と名称を整えています。この三社を統括するのが「日本郵政」で、4組織それぞれに社長がいらっしゃるのであります。その出身は多くが銀行系で、みずほや住友系列、東京海上などなんですな。ゆうちょ銀行にどのくらいの預金があるのかも、すべて御見通しなのでその裏本をもって、挙ってお客宅を訪問するんであります。つづく。8月4日。


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今週の親仁ギャグ・2019年7月28日(日)〜8月3日(土)

● 突如出現した「N国党」が約100万票余を獲得した一方で、公明党のように前回より100万票減らした党もある。(共産党は150万票減。野党共闘の失望感が原因?)。公明党の得票数はピークから200万票も減らしている。そこでなぜこれまでN国党が注目を集めたのか。もしもですよ、比例の投票が2党まで記名可能なら、私も間違いなく2党目はN国党と書いてましたね。民間の放送を視ていてもN国党勃興の背景に対してどちらかと言えば突っ込みが甘いですね。そうりゃそうでしょう・・・・・・もしもですよNHKが(一部でも)民放化されたら今の民放は大打撃を受けますからね。100万票の重み・・・・・・比例区の1議席を獲得したN国党がですよ・・・・・・法律違反の党がですよ・・・・・・民意で正々堂々と国会議員になった訳ですからね。そこでこれを機会に明確にしてもらいたいこと・・・・・・

国の「放送法」とNHK独自の「日本放送協会放送受信規約」(放送受信契約)との相違点(不一致点)の厳格化。
イギリスのBBCなど外国の公共放送との違いについて(特に番組内容)分かり易く開示すべきである・・・・・・最近のNHKはバラエティー番組が多い。チャンネルの数字を確認しないとNHKか民放か、区別不可能な番組が少なくない。
NHKは国際問題やドキュメンタリー、歴史問題、自然環境問題など、特化すべき内容を検討すべきである。
現行の各県放送局設置を止め、たとえば九州1局とか、南部九州などに統合し、現在多すぎるアナウンサーなどの人員整理を行い、かつ全体をスリム化すべきだる。

上記のことは、むろん私見ですが、これらが叶うことなら国民自ら挙って挙って進んで受信料を支払う筈であります。つづく。呵呵!!!8月1日。

●どうでもいいドロドロの吉本騒動・・・・・・に紛れて大事な問題が置き去りにされておりますが・・・・・・そのひとつが参議院選挙の総括です。その選挙投票に関する私自身の体験を披露しましょう。今回の選挙で、山田太郎氏の票が山本太郎氏の票に読み間違えられていた問題。「静岡県富士宮市選挙管理委員会は23日、21日に投開票された参院選の比例代表の開票作業で、自民党の山田太郎氏が獲得した全515票を一文字違いのれいわ新選組代表・山本太郎氏に誤って算入していたと発表し、両氏の票数を訂正した。候補者ごとに票を集計した後の点検で、山田氏と山本氏の名前をしっかり確認しなかったことが原因という。」(毎日新聞7月23日付)。これはうっかりミスってレベルの話じゃありませんな。自民党公認で立候補している山田太郎氏の名前が開票した人間の頭に、それこそ毛頭にも無かったということですよ。私の体験譚は・・・・・・今回の選挙で投票所に向かう車の中で不図、「投票の記名はフルネームでないといけないのか?」と思ったんですね。これから年取ったら、なるべく簡単なほうがいいよな・・・・・・と、ズボラ(無精)ですから。そこで投票所の受付係に聞いてみたんですね・・・・・・「名前、名字、どちらかでもいいんですかね?」と。私が訊ねたその人は、「名字だけでも大丈夫だったと思いますが、ちょっと待ってください」と言って、まわりの同僚(?)に聞いていましたが、遂に明確な応えは返ってきませんでした。次の机の投票用紙を手渡す投票用紙交付係が宣った言葉が意外でしたね・・・・・・「頑張って(フルネーム)で書いてください」(ニヤニヤしながら)・・・・・・ですから。帰って調べると、たとえば山田太郎氏の場合、「山田太郎」「やまだたろう」「山田」「やまだ」「太郎」「たろう」・・・・・・どれでもOKなんですね。むろんカタカナも大丈夫です。しかしですよ、山田さんが複数人、立候補していたらダメです。同選挙区か、あるいは今回のように比例区に山田太郎氏と山本太郎氏という「太郎」さんが複数名いる場合には、「太郎」「たろう」「タロウ」はNGです。むろん複数の山本さんが立候補している場合、「山本」「やまもと」「ヤマモト」はNG(無効票)です。これは選管に訊いてみないと分かりませんが、「たろう」「タロウ」を「たろー」「タロー」「たろ」「タロ」と書いた場合はどうなるのか・・・・・・選管上層(選挙長)の判断を仰ぐんでしょうが、果たしてどうなんでしょうか??? ところで投票所の日当はいくらかご存じですか・・・・・・1万円を超えるんであります(13時間拘束されるので時給は千円に足らず)・・・・・・高いか安いかは別として、お金を頂いている以上は、上記のことを含め、それなりの勉強をしてその場に臨むことですな。呵呵!!
仮に同姓同名で文字も全く同じ候補者がいた場合はどのような記名にしろ、得票数を候補者人数で按分する。その他、迷う場合には選挙長がその正否を判断するとのこと
投票所での投票の流れ:ー付→名簿対照係→E衂射兒羝鯢娵権さ載台→ヅ衂屡◆F場整理券を忘れたときや対応と代理投票を補助するために庶務係がある。その他、外野で見守る投票管理者と投票立会人が鎮座している
7月29日。


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