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今週の親仁ギャグ・2019年6月9日(日)〜6月15日(土)

●津波火災が最も激烈であったのが岩手県山田町と、今回訪問した宮城県気仙沼市です。東日本大震災により東北地方を中心に1都16県で発生した火災371件のうち、いわゆる「津波火災」と考えられるものが4割超(159件)を占めるそうです。震災発生の3月11日に出火した気仙沼市の火災が鎮火したのは11日後の23日でした。陸に限らず湾内も燃えました。出火することのない重油が長期火災の原因だそうですが、出火と延焼のメカニズムは不明な点が多いそうです。どうも壊された瓦礫の屑と強風が絡んでいるそうなのですが・・・・・・。気仙沼の消失面積は約10万屬箸気譴討い泙后6月15日。

●もちろん調べてみました。陸前高田市を流れる川は気仙川。海伐130メートルの愛宕山を宅地などを造成する高台にするため海抜50メートルまで削る巨大プロジェクト。発生する大量の掘削土を地盤沈下した約300haの面積に、これまた巨大なベルトコンベヤーで運搬する。その量たるや毎日2万立方メートル(ダンプ4000台分)。ダンプなら10年かかる工期だが、それでも4年を要する。かさ上げされる高さは最大12メートル、大半が10メートル超という。総事業費も巨額の約1100億円。陸前高田市の震災前の住宅数は約8200戸で、そのうちの約4割にあたる約3400戸が被災。地権者約2200人の住宅再建のための造成と区画整理であり、1世帯当たり約5000万円が費消される。震災後8年が経過した現在も傍目には遅々として復興が進んでいないように見えるが、10mもの盛土が固まるにはさらに時間がかかるということだろう。つづく。6月9日。

 

固定リンク | 2019年06月09日【617】

今週の親仁ギャグ・2019年6月2日(日)〜6月8日(土)

●陸前高田は大船渡と気仙沼の中間点です。45号線を南下します。国道とは言え、幅員の短い、片道一車線の狭い山道です。そのくねくね道を南下して急に拓けるのが陸前高田市です(平野とは言えませんが)。一部が舗装されていない仮設と思われる路面の左手奥に見えるのが「奇跡の一本松」と、波に洗われ半折れした「陸前高田ユースホステル」です。45号線の右側に駐車場があり、そこから「奇跡の一本松」へは300m程歩かなければなりません。陸前高田市の市街地の今は、何も建物がない・・・・・・と言っていいほどのっぺらです。陸前高田市の盛土の量は分かりませんが、お隣の気仙沼市の場合、1200万㎥の土が必要だったそうです。それは74cmの地盤沈下のためです。多分に陸前高田市も同様のことでしょう。陸前高田の市街地は、大船渡や気仙沼とちがって周囲が台地なので居住地はそこを削って高台に移転しようとしているのでしょう。ちらほらと高台には建物が見えました。破壊されたのっぺらの市街地にはナイター設備が建設中でした。想像するに、野球場などの公的施設を建設中なのでしょう。つづく。6月8日。

●陸前高田市の震度は6弱を記録しました。死者と行方不明者は1771名に達しています。この数字は最も犠牲者の多かった宮城県石巻市の3712名に次ぐものです。震災前の此処の航空写真を見ると、むろん約7万本を有する松林が写っています。これが高田松原と言われるものでした。その中でただ一本だけが、なぎ倒されずに残った「奇跡の一本松」です。ところがこの松も海水の影響(塩害)で、翌年(平成24年)の5月に枯死してしまいました。現在は防腐処理され、モニュメントとして保存されています。つづく。6月5日。


固定リンク | 2019年06月02日【616】

今週の親仁ギャグ・2019年5月26日(日)〜6月1日(土)

●「奇跡の一本松」のある陸前高田市は津波被害の大きかった4つの地震による津波の到達(浸水)地域をマッピングして公表しています。その資料地図から私が計算した津波到達の距離は、1896年(明治29)のM8.5の明治三陸地震では海岸から約1000m弱の市民体育館(今回の震災前)まで、1933年(昭和8)のM8.1の昭和三陸地震では約1150mの県立高田病院(同)、1960(昭和35)に発生したM9.5のチリ地震では約1200mの高田市・市庁舎(同)です。そして2011年(平成23)の東北地方太平洋地震の津波到達距離は、なんと約4500m(もしくはそれ以上)だったのであります。驚愕の数字であり、未曾有の被害を生んだ理由だったのです。つづく。5月31日。

●東北地方は、記録に残るだけでもかなりの数の津波に襲われてきました。数字はマグニチュードと発生年を表しています。
貞観地震 8.3(推定) 869 貞観 11 年
慶長三陸地震 8.1(推定) 1611 慶長 16 年
延宝三陸沖地震 7.3(推定) 1677 延宝 5 年
延宝房総沖地震 8.0(推定) 1677 延宝 5 年
青森県東方沖地震 7.5(推定) 1763 宝暦 13 年
寛政宮城沖地震 8.2(推定) 1793 寛政 5 年
宮城県沖地震 7.5(推定) 1835 天保 6 年
安政三陸沖地震 8.0(推定) 1856 安政 3 年
宮城県沖地震 7.4(推定) 1861 文久元年
明治三陸地震 8.5 1896 明治 29 年
昭和三陸地震 8.1 1933 昭和 8 年
十勝沖地震 8.2 1952 昭和 27 年
チリ地震 9.5 1960 昭和 35 年
エトロフ島沖地震 8.1 1963 昭和 38 年
十勝沖地震 7.9 1968 昭和 43 年
チリ地震 8.8 2010 平成 22 年
東北地方太平洋沖地震 9.0 2011 平成 23 年
つづく。5月31日。


固定リンク | 2019年05月26日【612】

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