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親仁ギャグ

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今日の親仁(オヤジ)ギャグ

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今週の親仁ギャグ・2017年12月10日(日)〜

●新聞記事を切り抜いて綴じるなんてのは一生に数回あるかないかだろう。新聞を読んで感激するなんて、これも年に数回だろうか。そもそも新聞は読者を涙させるツールじゃない。先週、プロスポーツ選手のインタビューの不快さについて書いたが、今、産経新聞連載の「私の履歴書」、「江夏豊」がオモシロイ。われわれの年代でなくとも山際淳司の「江夏の21球」というフレーズを一度は耳にしたことがあろう。その彼が執筆の「私の履歴書」はきょうで10日目だ。毎日切り抜いて楽しんでいる。「私の履歴書」の切り抜きはミスターに次いで二人目である。天才と偉人の経歴は、することなすことがわれわれ凡人の想像を超えている。苦労も並じゃないばかりか、苦労や苦難をプラスに転ずる生まれながらの能力も備えている。めずらしく朝の楽しみができた。12月10日。

固定リンク | 2017年12月10日【531】

今週の親仁ギャグ・2017年12月3日(日)〜12月9日(土)

●「喉元過ぎれば熱さを忘れる」。森友・加計問題は、少なくとも関係部署の官僚の処分がなけりゃ国民の納得はいきません。既に加計学園の教官の名前は世に出回っています。帯広畜産大学の一人の教授が加計への就任を辞退したそうですが、一人ぼっちの辞退では来春の開学を反故にできません。一部の獣医師のあいだでは、加計学園獣医学部に就任する教官を「裏切り者」と呼んでいるそうです。この「裏切り者」が多勢であったなら、開学は不可能なのですが。京都産業大学の獣医学部新設断念の主因はこの教官を揃えられないことにありました。今度は加計への「裏切り者」が開学阻止の一番の爆弾なんですが。そうでした、今日の譚は、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」です。大相撲の暴行問題も八幡宮事件でどうやら沙汰止みの気配です。名行司が出て来て綺麗に裁いてくれるかと思いきや、なんと宮司問題でマスコミはそっちへ走ってしまいそうです。相撲の決まり手に「押切」があるかないか知りませんが、貴乃花親方の押切はどうなるのでしょう。きょうは冬巡業宮崎場所です。ニシタチはちゃんこでごった返しているのでしょうか。それにしても宗教界は裕福なんですね。源氏の氏神の八幡宮だけあって、やることが過激です。日本刀での姉弟の殺人事件ですから、義経も頼朝もびっくりこっくりでしょう。何しろ宗教界の課税は、全てではないにしろ、優遇されています。それも今回の事件の背景にあるやも。安倍ちゃんも財務省も机上の算盤弾きで税金を毟り取らずに、財団法人や宗教法人の優遇税制を考え直す時期じゃないんですか。つづく。12月8日。

澄道師とは970年に有史来44人目、戦後7人目の千日回峰行を満行した光永澄道大阿闍梨、その人である。敬称は「北嶺大先達大行満大阿闍梨」。「荘子」(そうじ)は、中国の戦国時代の宋国に生まれた荘子(BC369年頃〜BC286年頃・姓が荘、名は周)で、老子と並び道教の始祖の一人とされる思想家である。「胡蝶之夢」も荘子である。司馬さんが叡山無動寺谷を訪れた際の会話である。鶏は40日の訓練で「木鶏」に「幾くせり」だが、今の白鵬は、『なお相手の声や影にさえむかってゆこうとする気勢を示している』か『なお疾視して気を盛んにす(相手をにらみつけて大いに気勢をあげている)』ステージであろうか。20〜30日の段階にある。果たして貴乃花親方は、既に「幾くせり」の境地か。横綱の品格について、なぜにそこまで木鶏の如く「だんまり」かと問われて、「伝統ですから」と答えたらこれは凄い。贅肉にチキン南蛮の衣かつタルタルソースをぶっかけたような風体のわれわれ凡人には「木鶏」の内心を知りようもないのだ。「木鶏」をして黙るなら、凡人なりに「木鶏」の意を察するしかない。つづく。12月4日。

●「○澄道師のごく平凡なふんいきを見ているうちに、『荘子』の達生篇に出てくる木鶏の話を思いだした。○ある王が、然るべき家来に闘鶏用の鶏を飼わせ、訓練させた。十日目に、鶏はすでにできあがったか、ときくと、家来が、『未だし』とかぶりをふり、『からいばりで気を恃んでいます』といった。さらに十日してきくと、家来は「未だし」という。「なお相手の声や影にさえむかってゆこうとする気勢を示しています」○次いで十日経ったが、家来は未だし、と言った。『なお疾視して気を盛んにす(相手をにらみつけて大いに気勢をあげている)』○それから十日したとき、家来は『幾(つ)くせり(できあがりました)』と言い、『之を望むに木鶏に似たり』と答えた。木でつくった鶏のようである、という風姿が、どこか澄道師を思わせる。○私には行者を理解できる部分がすくなく、このため澄道師に質問することをひかえたが、公人姿の堀記者だったかが、なぜ行を発願されたのかという意味のことを問うた。○これに対し、澄道師は単に、『伝統ですから』といわれた。○それだけであった。対座している自分が、贅肉でふくらんだなまの鶏のように思えてきてわれながら気味がわるかった。」(司馬遼太郎「街道をゆく」・16叡山の諸道・「木鶏」より)。つづく。12月4日。

●ワイドショーの司会者ならともかくも、スポーツ選手がペチャクチャしゃべるのには閉口する。だから直ぐにチャンネルを回す。切替えないのは唯一、マニーパッキャオくらいのものだ。多くは戦いを振り返って解説を加えるのが聞くに堪えない。多くが相手を称えることを失念している。今朝のテレビ朝日で、「未だ木鶏たり得ず 」が話題に上っていた。司馬さんが「街道をゆく」のどこかにこの「木鶏」を評論しているのを覚えていたのだが、いかにも見つからない。約2時間奮闘努力してやっと探し出す。ではどうぞ。つづく。12月4日。

●案の定、相撲協会が「モンゴリアンチーム」に乗っ取られそうな様相だ。むろん最近では外国人力士の入門が段階的に制限され、今は「一部屋一人」だそうだが。それでも現在の部屋数は45であるから、関取(十両・幕内)定員70名に占める45名は大きな数字である。今やモンゴル人関取無くして大相撲は成り立たない状況に追い込まれている。その原因はいろいろと複雑だろうが、諸事の決定や教育、運営に対しての協会の不透明さや不甲斐無さがあるのかもしれない。九州場所後の冬巡業初日の大村で、横綱白鵬の背中(ジャージ)に「MONGOLIAN TEAM」文字。実は、この件は2度目とのこと。40回目の優勝インタビューでの「日馬富士と貴ノ岩の土俵復帰」に「膿出し宣言」に「万歳三唱」、そして「貴乃花巡業部長の下では安心して地方を回れない」発言。とどのつまりは日本大相撲を大侮辱する行為。土俵外での乱闘が益々活気を帯びそうな事態だ。物言いの連発だが、白鵬に対しても、そして貴乃花親方に対しても、協会の低姿勢が気になる。まずは理事長がしっかりしないとな。つづく。12月4日。


固定リンク | 2017年12月03日【529】

今週の親仁ギャグ・2017年11月26日(日)〜12月2日(土)

●無責任の門外漢だけに、想像力は場外の番外編だ。白鵬の史上最多の40回優勝で幕を閉じた九州場所。明日からは土俵外の初日だ。土手で見えなかった真相が少しずつ見え隠れする藪の情況になりつつある。貴乃花親方が何を何時語るのかが焦点だが、親方の信念や思想が分かってきたような気がする。モンゴル会(飲食会)への参加禁止・所属部屋以外の力士との飲食の禁止を主張している親方。貴乃花は名実ともに大横綱。その親方をさて置いて、モンゴル出身の現役3横綱が”モンゴル会”と銘打つ飲食会でモンゴル出身の若手力士を”可愛がる”という慣例行事。このモンゴル会の所行は多分、協会も承知しているところであろう。簡潔に言うなら、貴ノ岩(前頭8枚目)にとって、部屋の親方(今回は貴乃花)よりもモンゴルの現役3横綱の方が”格上”と云うことだ。若くて番付の低いモンゴル力士にとってモンゴル出身現役横綱は日本の親方よりも偉いんであります。この九州場所の幕内(前頭以上)力士は全部で42名、そのうちモンゴル出身は3横綱含め9名。優勝も8割がたモンゴル横綱である。このままだとどこの国の国技やらと疑いもしたくなる。ごく近い将来のはなしだ。それをも危惧しての貴乃花親方の小中一貫相撲学校設立等の提案なのであろう。こんどの暴行事件はなかなか奥が深すぎて、政治や国際問題にも発展しかねない、軽々には語れない問題なのだ。11月26日。

●高大連携歴史教育研究会(高大研)は、高校歴史教科書の用語を半減し、暗記より思考重視にシフトさせる考えを表明した。坂本龍馬や高杉晋作、吉田松陰らも削減に含まれる。龍馬に至っては司馬遼太郎の歴史小説「竜馬がゆく」の人気に負うところが大きいと指摘する学者もある。龍馬の最大の功績は、1863年の八月十八日の政変を境に犬猿の仲となった薩長の両藩を1866年1月21日、再び結び付けたことである。もしこの「薩長同盟」がなかったなら、その後の第二次長州征討(1866年6月7日〜8月30日)や大政奉還(1867年10月14日)、戊辰戦争(1868年1月3日〜1869年5月18日)、そして明治維新後の政治体制(薩長閥)はどのような顛末をたどったのだろうか。薩長同盟を斡旋した龍馬はその直後、寺田屋事件(1866年1月23日・伏見奉行の林肥後守忠交の捕り方が龍馬を捕縛ないしは暗殺しようとした事件)で命を落としかけた。西郷隆盛の計らいで薩摩に身を隠し(お龍と霧島へ日本最初の新婚旅行)、その年の6月に起こった小倉口の戦(第二次長州征討=四境戦争)に参戦して奇兵隊を結成(1863年12月)した高杉晋作を助けた。奇兵隊は日本陸軍の前身である。奇兵隊は功山寺で決起(1864年12月15日)されたが、最初の戦いは藩内の主導権を争った「大田絵堂の戦」(1865年1月6日〜19日)である。いずれにしても維新後、明治政府の重鎮となった木戸孝允(桂小五郎)も伊藤博文(俊輔)も、井上馨(聞多)そして山県有朋(狂介)も皆、晋作の子分格である。:年号はすべて旧暦つづく。11月26日。

●11月19日付けの日本経済新聞の社会面(31項)に「高校歴史『用語半減を』 暗記より思考重視」という見出しで、このところ増え続けている用語を減らし、暗記から思考の楽しさを発揚する教育に転換すると云う。用語はこの10年で1割、1950年代からは3割弱増えたとのこと。つづく。11月26日。


固定リンク | 2017年11月26日【528】

今週の親仁ギャグ・2017年11月19日(日)〜11月25日(土)

森友問題(土地の8億円値引)で、会計検査院が「根拠不十分」の報告。データは物理的に破壊しており、修復は不可能と云う。そこでWikipediaの「会計検査院の主な任務と権限」を拝借すると、「々颪亮入支出の決算に対する会計検査(日本国憲法第90条・会計検査院法第20条第1項柱書)。会計経理の監督及び適正化(会計検査院法第20条第2項)。7荵擦粒稜А国の会計事務を処理する職員が故意又は重大な過失等により著しく国に損害を与えたと認める場合の懲戒の処分の要求(会計検査院法第31条)。デ綵責任の検定(会計検査院法第32条):検定により賠償責任があるとされた場合、この責任は国会の議決に基かなければ減免されない(会計検査院法第32条第4項)。なお、有責検定(賠償責任の存在を認める内容の検定)に不服がある場合、当然に取消訴訟の対象となると解されているため[7]、この減免規定は「有責検定および各本属長官等が発する具体的な弁償命令が確定した後は、国会の議決に基かなければ減免されない。」。これを読む限りにおいて、今回の会計検査院の報告は、あくまでも大雑把な調査に過ぎず、とてもその権限の最大行使にはほど遠い内容だ。最低でも”懲戒処分と賠償の要求”だろう。その張本人が国税のトップだぞ。正に内閣への”忖度”だ。こうなったら森永製品の非買運動しかないか。11月23日。

●大相撲協会改革への執念なのか、協会との確執と怨念なのか、はたまた次期理事長選挙勝利の捨て身の賭けなのか、朝から昼から晩から深夜まで、今沸騰の話題は「貴乃花の乱(クーデター)」だ。日本の国技は相撲と柔道でしたか。公益財団法人故か、分裂や新たな団体の立ち上げが困難なのは致し方ないところか。たとえば日本のプロレスだが、その始祖は力道山(1924〜1963)である。ジャイアント馬場アントニオ猪木も力道山の弟子。日本プロレス(1953年創業)から派生したのが馬場が創業者の全日本プロレス(1972年創業)であり、猪木が創業したのが新日本プロレス(1972年創業)である。これくらいは昭和30年代生まれなら誰でも知っていよう。世界のボクシングは、WBAWBCWBOIBFの主要4団体である。方針が合わずに気に入らなければ独立の組織を樹立すればよいのだが、相撲はそうもいかないのか。世論と、それこそ支持団体や強力な後援者(貴乃花流にはサポーター)が整えば、新日本大相撲なんて法人だって、”あり”だろうが。相撲などのスポーツにとどまらず、全ての協会や連盟などには同様の悪しき習慣事の存在が大小ある。門外漢が吠えることでないのは百も承知だが、貴乃花の肩を持ちたい気持ちが日々増すようにある。11月22日。

●「伊豆の踊子」が発表されたのは大正15(1926年)年1月(昭和元年は1926年12月26日〜)ですが、この作品のもととなった「伊豆の踊子」の実際の旅は大正7年10月30日から11月6日までです。じつに8年の歳月が流れての小説化です。何故にこのような長い歳月なのかと云うと、Wikipediaにありました。以下どうぞ。「これは前年の1921年(大正10年)に、伊藤初代(本郷区本郷元町のカフェ・エランの元女給)との婚約破談事件で傷ついた川端が、以前自分に無垢な好意や愛情を寄せてくれた懐かしい踊子・加藤たみや小笠原義人を思い出し、初代から受けた失恋の苦しみを癒すためであった。この原稿用紙107枚の『湯ヶ島での思ひ出』が元となり、『伊豆の踊子』(1926年)、『少年』(1948年-1949年)へ発展していった。ちなみに、川端はカフェ・エランに通い始めた頃、店で眩暈を起して奥の部屋で寝かせてもらい、ちょうどその時に伊藤初代が銭湯から戻り隣室で着替えをする後ろ姿を見て、〈こんなに子供だつたのか〉と、その思いがけない幼い裸身に驚くが、その瞬間、約1年前に湯ヶ野温泉で見た踊子・加藤たみの〈少女の裸身〉を〈子供なんだ〉と思ったことを想起している。」。伊藤初代との婚約破談については、つい最近、川端が彼女に復縁を迫った手紙が見つかったとマスコミが騒いだ事件です。「伊豆の踊子」には、「仄暗い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出して来たかと思うと、脱衣場の突鼻に川岸へ飛び下りそうな恰好で立ち、両手を一ぱいに伸して何か叫んでいる。手拭もない真裸だ。それが踊子だった。若桐のように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことことと笑った。子供なんだ。私達をみつけた喜びで真裸のまま日の光の中に飛び出し、爪先きで背一ぱいに伸び上る程に子供なんだ。私は朗らかな喜びでことこと笑い続けた。頭が拭われたように澄んで来た。微笑がいつまでもとまらなかった。」と、確かに書かれています。つづく。11月19日。

●「道がつづら折りになって、いよいよ天 城峠に近づいたと思うころ、雨脚が杉の 密林を白く染めながら、すさまじい速さ でふもとから私を追って来た。私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり紺がすりの着物にはかまをはき、学生カ バンを肩にかけていた。一人伊豆の旅に 出てから四日目のことだった。修善寺温 泉に一夜泊まり、湯ケ島温泉に二夜泊まり、そして朴歯の高下駄で天城を登って 来たのだった。重なり合った山々や原生 林や深い渓谷の秋に見とれながらも、私 は一つの期待に胸をときめかして道を急 いでいるのだった。」。むろん「伊豆の踊子」の初めの文章です。今回は、「伊豆の踊子」(大正7年=1918年)の踏襲に、吉田松陰が下田停泊のペリー艦隊への乗船を試みた弁天島(1854年)、(熱海温泉宿泊)、豊臣秀吉後北条を兵糧攻めした小田原攻め(小田原城100日籠城・1590年)、源頼朝が鋳造を懇願していた鎌倉の大仏(1250年頃鋳造・頼朝は1199年没)、源氏の氏神である鶴岡八幡宮とその参道の段葛源頼朝の墓、そして横須賀の戦艦・三笠を観光し、最後は銀座の、2泊3日のいつもの旅でした。つづく。11月19日。


固定リンク | 2017年11月19日【525】

今週の親仁ギャグ・2017年11月12日(日)〜11月18日(土)

●日馬富士のモンゴル会での後輩暴行事件。我々とも関係のあるのが診断書作成だが、貴ノ岩の2度目の受診病院は(噂では)総合病院である。頭蓋底骨折の疑いも、脳脊髄液漏出の疑いも、CTやMRIの画像に基づく診断でしょう。しかしこの場合の医師側の問題は、「疑い」があれば、それも右中頭蓋底骨折と髄液洩れですからね・・・・・・「疑い」があれば骨折の癒合に必要な期間は安静を指示すべきでしょう。骨癒合は年齢によりますが、成長期以外は少なくとも2ヶ月を要します。「疑い」と診断書に記入するのであれば「全治2週間」は有り得ない話じゃないでしょうか。頭蓋底骨折が2週間で完治なんて・・・・・・明日からどうぞ本場所に出場して大丈夫ですと言われても、普通の人間なら怯むでしょう。力道山は腸管穿孔していても出前の鮨を頬張ったそうですが、結局は腹膜炎で亡くなりました。深く考えていない「不覚」であります。相撲など格闘家の飲酒会ではプラスチック製のピッチャーに紙コップ、そして手にはボクシングのグローブを着けて飲んで下さい。11月18日。

●先日東京からある業者の営業マンが私の病院に立ち寄り、話の中途で、「この病院は診察室や手術室がオープンでどこからも目が行き届きますが、最初からこの設計なんですか」と訊くので、「建ててもう23年なんで古くなりましたが・・・・・・どうしてですか」と問い返すと、「今、このような”患者(飼い主)さんに見える診療”が見直され、流行りの萌しなんです。」との応え。(診察室や処置室が飼い主からは見えないクローズドな空間は廃れはじめたか)。「採血はじめ静脈留置や膀胱洗浄など簡単な処置は、飼い主にも見てもらうのがコンセプトですから。これもパフォーマンスです。当初は手術も見せていましたが、今は写真の説明で済ませています。」と言うと、「いま流行りの走りだったんですね」の応え。そうか、モノは言い様で、考え方も時代で変遷すると云うことだろう。いま来春を目途に新しい病院(分室)の構想を練っているところだが、これからも「流行り」でない「走り(萌し)」を探求してみましょうか。11月12日。


固定リンク | 2017年11月12日【526】

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