院長コラム

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今週のつぶやき親仁・2021年2月14日(日)〜2月20日(土)

●「10年の災月
▲2011年3月11日の東日本大震災。この時、このレベルの巨大地震の余震は20年のスパンであることを知った。そして2月13日の震度6強の余震発生。今も余震の余震が続いているという。
▲今回の地震の福島県内における避難者は14日の時点で39人と伝えられている。その映像がテレビに映し出されたが、いつものように体育館と思しき避難所に見た物に驚愕した。怒りを覚えた。床にあったものは段ボールの衝立(仕切り)の代わりの「災害避難時用テント」であった。
▲2011年3月11日から十年。そして今回の巨大余震はコロナ禍の踏んだり蹴ったりの状況下においてである。泣きっ面に蜂である。その避難民に宛がわれたのが、猫の塒(猫かまくら)を少し大きくしたようなテントである。金額にして2万から3万円と言ったところだろうか。
▲高級国民の象徴である政治家は銀座の高級ステーキや福岡の河豚コースに舌鼓を打つばかり。東北のダブルパンチの避難者はトイレも共用で、むろん風呂もない境遇に我慢を強いられる。
▲このコロナ禍、地域のホテルや旅館や民宿は疲労困憊しているのであるから、被災者の避難場所として利用できるような配慮をしてはどうなのだろうか。(宿泊施設も営業どころじゃないかもしれませんが)。避難者は、体育館の冷たい床で生活インフラの回復を待たなければならない。東北の気候はまだまだ冬である。十年が経過しても大した進歩は見られない。口ばっかりの二枚舌政治家さんよ、これしきの事が出来なくて国難を乗り越えられますか。
2月15日。


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今週のつぶやき親仁・2021年2月7日(日)〜2月13日(土)

●「日本に居なくなったか? 好々爺
▲「大きな人物の落つるのは寂しい。大きくして暖みのある人格の世を辞するのは限りなき愛惜だ。渋沢翁は明らかにブルジョアジイの一人であるが、その故に翁を憎むものは不思議にない。大衆はブルジョアジイに対して根深い反感を持つが、翁に対してだけは除外例だ。無産政党の人達でさへも『よき、をぢさん』と考えてゐるものが多い・・・・・・」。これは1931年、渋沢栄一が亡くなった際の、雑誌「サラリーマン」の追悼文の書出しという。(城山三郎著「雄気堂々・上巻」・新潮文庫・p15)。
▲森翁も二階翁も、鬼籍に入る際、愛惜の涙を流す国民が如何程か、もうそろそろお考えになったほうがよろしいようで!!! 「よき、をぢさん」を演出するには遅すぎるようですが、少なくと残りの晩節が今以上に崩れ汚れることがないことを祈っております。
2月10日。

●「日本に居なくなったか? 好々爺
▲この数日、「日本の好々爺」は誰だろうかと広く見渡し途方に暮れていますが・・・・・・それでもありもしない拙い見聞をもとに私見を言わせてもらいましょうか。
▲そうですね、先ずは土光敏夫(1896〜1988)氏、あの「メザシの土光さん」です。子供のころにテレビで拝顔しましたので、それも食卓で目刺を食っているところのシーンですな。清貧の土光さんであります。経済団体連合会第4代会長に就任し、「ミスター合理化」として「土光臨調」と称されている第二次臨時行政調査会でも辣腕を振るった好々爺です。政治家では「カミソリ」の異名をもった後藤田正晴(1914〜2005)氏。同じく「黄門さま」と言われた政界の御意見番こと、渡部恒三(1932〜2020)氏。先ほど鬼籍に入られた作家で「日本のいちばん長い日」の半藤一利(1930〜2021・夏目漱石は義父祖)氏。そして「竜馬がゆく」の司馬遼太郎(1923〜1996)先生。そして新一万円札の渋沢栄一(1840〜1931)氏。
▲ところで「好々爺」なる人物像は・・・・・・辞書的には「人のよい老人。にこにこしたやさしそうな老人」とありますが、私的には「端的な表現で”コト”の真髄を語り、若者に分かりやすく語りかけ希望や夢を与え、にこにこ顔をもってうっとり聞き入るような話術をもった、ユーモラスな『人(間)たらし』の爺様と言ったところでしょうか。総じて、文句なしで人生の目標にしてみたい人物でしょうか。
▲そこで一文。「人間は誰でも、ただ、その人と同時代に生れたこと、その人と同じ空の下で同じ空気を吸っているのだ、と思うだけで心の支えになる・・・・・・『司馬先生なら、きっと・・・・・・』・・・・・・いと親しげにお名前を口にするだけで、ああ、とっても倖せ。・・・・・・」。これは、「二十四の瞳」の高峰秀子(1924〜2010)氏が書かれた司馬遼太郎先生への追悼文です。(平成28年3月1日発行の「司馬遼太郎の真髄『この国のかたち』・文藝春秋永久保存版・pp140〜151・原文は「文藝春秋」1996年5月臨時増刊号より)。
つづく。2月9日。


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今週のつぶやき親仁・2021年1月31日(日)〜2月6日(土)

●「日本に居なくなったか? 好々爺
▲トランプ退き後のジョー・バイデン氏の年齢は78歳。菅義偉首相は71歳。世界の指導者も必ずしも若くはないんですが(菅さんに年寄り扱いは失礼?)。そんな中、83歳の森喜朗元首相で現東京オリ・パラの競技大会組織委員会会長の発言が物議を醸しています。今に始まったことじゃないが、人生の花道と捉え晩節の全エネルギーを費やしてきたオリンピックへの執着が余程強いと思われますが。周りの空気を読めない森氏の状況は、今や、老害の域です。
▲森喜朗元首相に限らず日本の指導者や上に立つ者の高齢化が目立ちます。その筆頭のひとりが御年83歳の二階俊博自民党幹事長ですが、先の通常国会本会議場に登壇し演説をなすっていましたが、登壇降壇の折には手摺の支えが必要でした。経団連会長の中西弘明氏は74歳ですが、中西氏は病気療養中でこのコロナ禍の日本経済の指南役として果たしてその重責が担えるか、担え切っているか大いに疑問です。
▲何も高齢者の老害を責めているのではありません。杖を突いてでも腰が曲がっていても頭脳明晰で矍鑠とした方はごまんとおられます。何もいきり立って恫喝するのが立派なロートル(老頭児)ではありません。突拍子に何か奇抜なことを言うのがロートルでもありません。入院先の病室からリモート出演して明日の日本経済のありようを語るのがロートルではありまん。これらは若者の才能や勇気や正義心を沸き起こすものではなく、反対にそれらを失せさせる正に老害なのです。
つづく。2月4日。


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