院長コラム

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今週のつぶやき親仁・2019年3月3日(日)〜3月9日(土)

●一月(いちげつ)往(い)ぬる二月(にげつ)逃(に)げる三月(さんげつ)去(さ)る。(一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。)。 月日の移ろいの早いこと。小寒→大寒→立春→雨水→啓蟄・・・・・・と過ぎ、次は春分(春の彼岸)であります。もっともこれは旧暦(太陰太陽暦)を今風(新暦=太陽暦)に改造したようなもので、正式には、小寒と大寒は明治維新の前(正確には明治5年=1872年12月3日を明治6年1月1日とした)までは12月の節気でありますが。そんなことはどうでもよいことにしても、あっという間に水が温んできて、なんとも嬉しい限りであります。わたしの春本番は、やはり何と言っても球春でありますから、あと2週間を待てば到来するのであります。つづく。3月8日。

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今週のつぶやき親仁・2019年2月17日(日)〜2月23(土)

●前出のルイス・フロイスの譚。彼は「フロイス日本史」という貴重な書物を残した。太田牛一の「信長公記」などに比較して重要視されていない。私は只今、明智光秀を調査中。来年の大河ドラマは「麒麟がくる」。主人公はその明智光秀。麒麟が誰で、何処から来て、何処へ行くのか。フロイスの明智光秀評が面白い。以下にどうぞ。(Wikipediaから)。

・フロイス「その才知、深慮、狡猾さにより信長の寵愛を受けた」
・「裏切りや密会を好む」
・「己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった。友人たちには、人を欺くために72の方法を体得し、学習したと吹聴していた」
・「築城のことに造詣が深く、優れた建築手腕の持ち主」
・「主君とその恩恵を利することをわきまえていた」
・「自らが受けている寵愛を保持し増大するための不思議な器用さを身に備えていた」
・「誰にも増して、絶えず信長に贈与することを怠らず、その親愛を得るためには、彼を喜ばせることは万事につけて調べているほどであり、彼の嗜好や希望に関してはいささかもこれに逆らうことがないよう心がけ」
・「彼(光秀)の働きぶりに同情する信長の前や、一部の者が信長への奉仕に不熱心であるのを目撃して自らがそうではないと装う必要がある場合などは、涙を流し、それは本心からの涙に見えるほどであった」
・「刑を科するに残酷」
・「独裁的でもあった」
・「えり抜かれた戦いに熟練の士を使いこなしていた」
・「殿内にあって彼はよそ者であり、外来の身であったので、ほとんど全ての者から快く思われていなかった」

 「麒麟がくる」・・・・・・脚本力を大いに期待しましょう。2月23日。

●忖度、忖度、忖度。総理秘書官の呟きを忖度して統計を操作する。「今月は賃金が伸びていないね」とつぶやけば、「そうか、アベノミクスだな。抽出サンプルを変えてみるか」・「おっおっ、数値が上がったぞ、上手くいったじゃないか」・・・・・・これが今回の厚労省による統計改竄の真相ですな。こんなことをやっていては、お隣の国々とちっともかわりゃしない、大ウソつき国家じゃないか。プンプン。2月23日。

●連日報道される子供への暴力。とくに自分のこどもを虐待死させる大人の狂気には目を覆いたくなります。来年の大河ドラマの主人公は信長にさまざまなパワハラや暴力を振るわれた明智光秀ですが、その信長や秀吉にも謁見したポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが当時の日本人の子供教育について興味深い文章を残しています。「西洋では普通鞭で打って息子を懲罰するが、日本では滅多にない。ただ言葉によって戒め、こんこんと叱るだけである。」と。また明治初年、品川の大森貝塚を発見したアメリカ人のエドワード・S・モースは、「日本の犬は石を投げられても逃げもせず、私に向って牙をむき出しもせず、単に横を飛んで行く石を見詰めるだけだった。」と。これは当時の日本人が動物にも優しく接していたということです。そのような優雅な文化を持っていた日本人が躾と称して暴力を振るうようになったのは、明治以降の軍隊教育からです。もともとの日本人はフロイスやモースが言うように優しい心根の民族なのです。そのような遺伝子は今も受け継がれているのですから、自信をもって、知恵を絞って子供への暴力や虐待を撲滅しようではありませんか。2月21日。


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