院長コラム

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今週のつぶやき親仁・2018年12月30日(日)〜2019年1月5日(土)

●中国を植民地化した民族は日本人だけじゃないが、1932年の日本の満州国(今の黒竜江省・吉林省・遼寧省・東部内蒙古=熱河省)建設と、1945年の敗戦までの日中15年戦争における中国への無限のような犠牲は、他国の比ではない。一方の朝鮮へは豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)と、日清・日露戦争によって進められた植民地化と1910年の韓国併合(〜1945年の終戦まで)は、これまた甚大な迷惑を掛けた。犠牲や迷惑なんていう言葉や表現で済ませられるレベルのはなしじゃない。海上自衛隊のP1哨戒機が韓国駆逐艦から火器管制レーダーの照射を受けた問題も、その後の韓国側の言い分もこれらの歴史と無関係ではなかろう。米中も国交正常化以来の気まずい政治経済状況だ。米中冷戦が本格的に始まろうとしている。中国の人質外交は如何ともしがたい。日本への飛び火も覚悟しなくちゃならない。つづく。12月31日。

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今週のつぶやき親仁・2018年12月23日(日)〜12月29日(土)

五味川順平の「人間の条件」を読み進めると日本人の悍ましいをはるかに超えた惨忍さにショックを隠しえない。集団強姦、略奪、奴隷化(徴用工も含まれるであろう)、そして集団殺戮。強姦も夫や彼氏の眼の前の暴行である。子供も例外ではない。それを終えると銃剣で刺したり銃殺したりと、それはそれはこの世の同じ地球上にすむ人間のなせうることとは思えないのである。同じようなことが逆の立場だったらどうであろうか、想像に難くない。自分の愛する家族が目の前で多民族の侵略者に侵される。それを目の前でやられる。どうだろう・・・・・・100年やそこらの短い時間でその悔恨は消え去るものであろうか。つづく。12月29日。

●私は、年に何度か父親に本を送ることにしています。私が読んで面白かった小説か、希望を聞いて決めます。今回の所望は、五味川順平の「人間の条件」です。正直、そんな重厚なものをと、少し呆気にとられました。近所の書店にはある筈もないので、早速ながら蔦屋に出向き探すと、それは1巻600ページのかつ3巻ものでした。しかも上中下のうち2巻しか在庫がないのでした。しかたないのであとはアマゾンにて注文をし、ついでながら私の分も頼みました。「親父ギャグ」の司馬遼太郎が「ノモンハン」を書かなかった、書けなかった理由の一つが五味川順平の「ノモンハン」という説です。既に立派な「ノモンハン」が五味川氏によって書かれていたということです。つづく。12月29日。

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今週のつぶやき親仁・2018年12月16日(日)〜12月22日(土)

●司馬さんの「二十一世紀に生きる君たちへ」には『人間の荘厳さ』というあとがきがあります。書き終えた司馬さんは、「長編小説を書くほどのエネルギーがいりました」と編集者に語ったとされる。推敲に推敲を重ね、命を削る戦いであったのだろう。

人間の荘厳さ
人間は、鎖の一環ですね。はるかな過去から未来にのびてゆく鎖の。人間のすばらしさは、自分のことを、たかが一環かとは悲観的におもわないことです。ふしぎなものですね。たとえば、小さい人たちは、いきいきと伸びてゆこうとしています。少年少女が、いまの一瞬を経験するとき、過去や現在のたれとも無関係な、真新(まっさら)の、自分だけの心の充実だとおもっているのです。荘厳なものですね。
 『21世紀に生きる君たちへ』は、そういう荘厳さを感じつつ、書いたのです。つぎの鎖へ、ひとりずつへの手紙として。こればかりは時世時節を超越して不変のものだということを書きました。日本だけでなく、アフリカのムラや、ニューヨークの街にいるこどもにも通じるか、おそらく通じる、と何度も自分に念を押しつつ書きました。

12月17日。


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