院長コラム

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今週のつぶやき親仁・2019年9月15日(日)〜9月21日(土)

●「いだごろ」にしても「日向ひょっとこ」にしても、魚や泥鰌を捕獲する一連の所作を、そして「おわら風の盆」も稲刈りの作業を踊りで表現した・・・・・・ものということです。では「おわら風の盆」と「いだごろ」との違いは、その歴史(発生)の古さではなく、後世の人々の踊りに関する情熱の温度差のようです。「おわら風の盆」は、「唄い手」「囃子」「三味線」「太鼓」「胡弓」の地方と、踊りの振り付け、企画(プロデュース)全般にわたって、編年的進化を遂げてきているということでしょう。それには保存会をはじめ、歌詞や旋律、振り付けなど様々に、時代時代にそれぞれの分野の名手が登場し、登場させてきたということでしょう。「日向ひょっとこ」は全国展開の奮闘発展中ですが、「いだごろ」も色んな仕掛けを打って「おわら風の盆」に見習ってみてはどうでしょうか。「おわら風の盆」は。9月20日。

●野球にもある「走攻守三拍子そろった」という表現がある。では民謡や盆踊りの三拍子とはなんだろうか・・・・・・仝説き節(歌詞・唄)と楽器にM戮蠅任△蹐Δ。(囃子・合いの手は口説の範疇でしようか)。音楽全般音痴の小生が観た「おわら風の盆」の感想?・・・・・恥を忍んで書いてみましょう。
1.歌詞が凝っている。
歌詞の基本は、7、7、7、5の26文字で構成する甚句形式であり、最後の5文字の前に「オワラ」を入れるのが基本の「正調おわら」(平唄)。それ以外に「五文字冠り」、「字余り」があり、正調に比べ地方泣かせである。歌詞は、古くから伝わる「おわら古謡」と「新作おわら」がある。おわら古謡は古くから伝わるもので、新作おわらは、野口雨情(1882〜1945)、佐藤惣之助(1890〜1942)、水田竹圃、高浜虚子(1874〜1959)、長谷川伸(1884〜11963)、小杉放庵(1881〜1964)、小川千甕、林秋路ら、八尾を訪れた文人たちなどによって新しく作られたものである。 1928年(昭和3年)1月28日、保存会長の招きで八尾を訪問した小杉放庵は、「曲はいいのだが唄が下品なものも多くこのままではおわらは廃れると進言したことによる。そして今の歌詞の数は千単位で、膨大という。また、「今日のおわら節が完成されていく過程で、さまざまな唄い手の名手がいたことを忘れてはならない。なかでも、『江尻調』といわれる今日のおわら節の節回しを完成した江尻豊治(1890年〜1958年)の功績は計り知れない。天性の美声、浄瑠璃仕込みの豊かな感情表現。おわら節の上の句と下の句をそれぞれ一息で歌い切る唱法は、江尻によって完成の域に高められたのである。」(Wikipedia参考)。何事も醸成される過程ではそれぞれにキーパースンが欠かせないということ。
2.楽器に胡弓が加わる。
ちょっと広めの路地いっぱいに哀愁を漂わせる張本人は、何と言っても胡弓。「おわらにはなくてはならない哀調の音色を奏でる胡弓ですが、八尾では『目立ってはいけない楽器』として教えられる楽器です。胡弓が松本勘玄によって取り入れられたのは、比較的新しい明治40年代のことです。輪島塗の旅職人であった勘玄が八尾に来たのは20歳の頃、明治30年代のことでした。勘玄は大阪で浄瑠璃修行をしていたことがあり、義太夫、端唄、長唄、小唄とあらゆる三味線音楽に通じていました。ある日八尾に越後瞽女の佐藤千代が訪れ、勘玄は胡弓に出会います。以来、おわらの唄と三味線に胡弓を合わせようと、日夜研究に励みました。その苦心の結果現在の哀愁を帯びた独特の旋律が生み出されました。」(おわら風の盆行事運営委員会のホームページ)。
3.女性が編笠を被り、顔を見ることができない。
昭和4年に、東京三越で富山県の物産展示即売会でのアトラクションの呼びかけがあったのを契機に、富山県の要請で医師の川崎順二を中心に『おわら』の修正がなされました。踊りは若柳吉三郎、唄は常磐津の林中、四季の歌詞は小杉放庵らに依頼しました。若柳は40日間八尾に滞在し、八尾の情感を体に溜め、熟させて、5月に『四季の踊り』が仕上がりました。東京三越で初めて芸者が披露し、きれいな踊りと大人気でした。当時『おわら』は芸者が踊り、町の娘は踊りませんでした。『女踊り』は鏡町の芸者が踊り、『男踊り』は『甚六会』が踊りました。娘を人目に触れさせなかったし、踊りに出すのはもってのほかでした。しかし、医者で名門の川崎順二は、5人の娘を率先して踊りに出しました。『あの川崎先生の娘さんが踊っているのなら』ということもあって、一般の人も踊るようになったといわれています。<豊年踊り>古くから踊られる踊りで、種まきや稲刈りといった農作業の動きを手や指先を巻くように舞踊の要領で表現しています。男踊り、女踊りを『新踊り』と呼ぶことから豊年踊りは『旧踊り』と呼ばれることもあります。<男踊り>男踊りは、男性の舞台用として振り付けられた踊りです。日本舞踊の若柳吉三郎によって振り付けられ、素直で素朴な直線的力強さの中にしなやかさを持つ魅力的な踊りで農作業の所作を表した踊りです。<女踊り>女踊りも女性の舞台用として振り付けられた踊りです。『四季踊り』ともいわれ、画家であり俳人でもあった小杉放庵が八尾の春夏秋冬を詠った『八尾四季』のために振り付けられたのが最初で、その後夏の河原で女性が蛍取りに興じる姿を表した一連の女踊りが完成しました。男踊りと同じく若柳吉三郎の振り付けだけに日舞の艶めきがあります。」(おわら風の盆行事運営委員会のホームページ)。
・・・・・・でしょうか。つづく。9月20日。

●幸運なことに私の田舎にも盆踊りがあります。「いだごろ踊り」と言います。「いだ」とは川魚のウグイのことで全国区(標準語)です。「いだごろ踊り」の由来は、美郷町公式サイトを拝借すると、
宝暦年間(1751〜64)延岡藩の飯田五郎という警護番の武士が、毎年、今の美郷町南郷に派遣され、庄屋の家に泊まっていた。川があるのに毎日の食事が鶏や兎の料理だったため、不思議に思った警護番は、その理由を聞いた。『小丸川の下流に大きな滝があって、ここまでは魚がのぼってこない』との返事だった。 警護番は、村人3人とともに、児湯郡木城町の川で『うぐい(いだ)』を捕獲し、持って帰って近くのに川に放流した。そして、『この魚が増えるまで3年間は取ってはいけない』とお触れを出した。それを守った村人たちは、それ以降住み着いた新鮮なうぐいを食べられるようになった。当時の村人の3年後の解禁の喜びはたとえようのないものだった。魚取りの状況(手まね、足まね、網を投げるまね、魚取りかごに入れるまねなど)が、踊りのもととなっている。 この踊りを、警護番の飯田五郎への感謝の気持ちを現わし、『いだ五郎踊り』という名前を付け、川祭りに魚の供養としていたのが、現在の盆踊りとなっている。」・・・・・・というというものです。「いだ」は魚のウグイで、「ごろ」は人の名前から来ているということです。この「いだごろ踊り」祭りも今年で41回を数えるそうで、口説(歌詞)と三味、囃子(合いの手)の舞台(棚)も大がかりのようです。私が中学まで地域(小字)の初盆の家々を順々に回って、この「いだごろ」を朝方まで踊っていました。むろん飲みながら。旧南郷村の今は過疎化が著しく進行し、老いも若きも減りに減って、の賑わいだ往時の踊りの面影はもうないようですが、踏ん張って、絶えさせてはいません。つづく。9月18日。


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今週のつぶやき親仁・2019年9月8日(日)〜9月14日(土)

●文字化けした「高校野球の木製バット導入」の譚。私の高校球児時代は、木製バットを使用したことがありますが、それは練習のみで試合では金属バットでした・・・・・・私は今年60歳ですから、高校3年生の18を差し引くと、なんと42年前の譚ですぞ。高野連で金属バットが導入されたのが1974年からですから、導入後3年のことなんですな・・・・・・古い譚だ。そこで金属と木製の長所・欠点を述べましょう。金属バット導入といっても、木製バットが使用できないということではありません。木製と竹製のバットは、今でも、そして甲子園でも使って構わないことになっています。
1.金属バットの特徴
・芯が大きく、反発係数が高いため、打球が飛びやすく、かつ強く速い。
・折れないため強振が可能で、大型選手が育ちやすい。
2.木製バットの特徴
・折れやすく、材料となるアオダモの木が高価。1本当たり5000円〜10000円。
・バットの芯が小さいため打者はミートに心がける傾向になり、高校野球を卒業してもその後の野球人生への苦労が減る(鳴り物入りで大学や社会人、プロに入った高校球児のなかで、木製バットに馴染めない選手も少なくないという)。
3.世界の現状
・金属バットは、その打球が速いため、内野手や投手が危険であるという苦情があり、オリンピックでの使用が禁止となり、U18ワールドカップは2004年から、アジア選手権は2007年から金属バットは全面禁止となっている。
・本場のアメリカでは高校でも大学でも金属バットは使用されているが、それは州によって異なる。
・金属バットの改良が試みられている(反発係数を調整し、木製バットに近い製品を開発し、かつ折れにくい素材とする)。
4.まとめ
高野連も、もうそろそろ木製バットを導入し、(試合は多少面白くなくなるかもしれないが)投手の負担軽減(打球が飛び難く弱ければ投手に有利で自然、投球数が減る)に寄与させるべきである。
。9月14日。

●はなはだ無精ながら、「おわら風の盆行事運営委員会」のホームページをそっくりそのまま流用させていただきまして、「おわら風の盆」の概要を紹介します。

1.なぜ「おわら」というのですか。
江戸時代文化の頃、芸達者な人々は、七五調の唄を新作し、唄の中に「おわらひ(大笑い)」という言葉を差しはさんで町内を練り廻ったのがいつしか「おわら」と唄うようになったというものや、豊年万作を祈念した「おおわら(大藁)」説、小原村の娘が唄い始めたからと言う「小原村説」などがあります。

2.「おわら」はいつごろから始まったのですか。
「越中婦負郡志」によるおわら節の起源として、元禄15年(1702)3月、加賀藩から下された「町建御墨付」を八尾の町衆が、町の開祖米屋少兵衛家所有から取り戻した祝いに、三日三晩歌舞音曲無礼講の賑わいで町を練り歩いたのが始まりとされています。

3.おわらの「踊り」はいつごろから現在の形になったのですか。
「豊年踊り」は大正9年、「おわら節研究会」の設立が契機となり現在の形に改められました。男踊り・女踊りの「新踊り」は昭和4年、「越中民謡おわら保存会」の結成後、若柳流の若柳吉三郎の振り付けにより現在の洗練された舞踊となりました。

4.なぜ「風の盆」というのですか。
二百十日の前後は、台風到来の時節。昔から収穫前の稲が風の被害に遭わないよう、豊作祈願が行われてきました。その祭りを「風の盆」というようです。また、富山の地元では休みのことを「ボン(盆日)」という習わしがあったと言われます。種まき盆、植え付け盆、雨降り盆などがあり、その「盆」に名前の由来があるのではないかとも言われています。

5.踊りの種類について教えてください。
おわらには「豊年踊り」(旧踊り)「男踊り」「女踊り」の3通りの踊りがあります。町流しや輪踊りを中心に踊られるのが「豊年踊り」、舞踊的な踊りで主にステージなどで披露されるのが「男踊り」と「女踊り」です。
豊年踊り-最も古くからある素朴な踊り
男踊り-「かかし踊り」ともいわれる勇壮な踊り
女踊り-「四季踊り」ともいわれ、春夏秋冬それぞれに異なった所作がある。

6.女性の帯はなぜ「黒帯」なのですか。
昔、衣装を揃える際に帯まで手が回らず、ほとんどの人が持っている冠婚葬祭用の黒帯を用いた名残といわれます。

7.なぜ笠をかぶるのですか。
風の盆の町廻りがはじまった頃、手ぬぐいで顔を隠して踊ったといわれたときのなごりです。

8.男踊りではなぜ「法被」を着るのですか。
法被は農作業衣を象っていますが、木綿で作ってもすっきりとした踊りの形にならない事もあって、羽二重で作られた贅沢な衣装です。

9.おわらにはどのような楽器が使われるのですか。
おわら節を唄い演奏する者を「地方(じかた)」といい、三味線・胡弓・太鼓が楽器として使われます。三味線は地歌(じうた)三味線と呼ばれるもので、棹(さお)の太さは中棹で紅木(こうき)・紫檀(したん)などで作られ、胴には犬の皮が張られます。また胡弓はもともと中国から伝わった楽器で、三味線より小型で、糸と馬の毛を張った弓を擦り合わせて音を出します。太鼓は「しめ太鼓」と呼ばれる小型のものです。昔は尺八も使用されたようですが現在は使われていません。

10.おわらではなぜ胡弓を使うのですか。
民謡事典でも「越中おわらに欠かせない楽器」と紹介されるほどおわらの世界に溶け込んでいる楽器で、不思議なことに他の民謡や邦楽ではほとんど使われません。明治後期から大正初期にかけて当時浄瑠璃で名を上げていた松本勘玄が八尾に来ました。ある日八尾に越後瞽女の佐藤千代が訪れ、勘玄は胡弓に出会います。以来、おわらの唄と三味線に胡弓を合わせようと、日夜研究に励みました。その苦心の結果現在の哀愁を帯びた独特の旋律が生み出されました。

11.おわらの「唄」「囃子」について教えてください。
越中おわら中興の祖といわれる初代おわら保存会長の川崎順二が、ともすれば野卑に陥りがちだった当時のおわら歌詞を立て直そうと、昭和初期に小杉放庵や野口雨情、長谷川伸、佐藤惣之助、川路柳虹等の著名な文人墨客らを私財を注ぎ込んで八尾に招き「八尾四季」をはじめとする秀歌を詠ませ、現在のおわら歌詞の基礎を築いたといわれています。また、おわら独特の高く繊細な調子で上句・下句を一息で唄い切る唄い方は、大正時代の中ごろに浄瑠璃語りの江尻豊治が完成させたとされています。

つづく。9月14日。


固定リンク | 2019年09月08日【164】

今週のつぶやき親仁・2019年9月1日(日)〜9月7日(土)

●折角書いた「高校野球の投球負担解決提言」・・・・・・文字化けをさせてしまい、水の泡どころか蒸発してしまいました。本当に徒労に終わりましたが、暇を見て、近々完結編にまとめてみます。

固定リンク | 2019年09月01日【163】

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