院長コラム

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今週のつぶやき親仁・2018年12月9日(日)〜

●「入管改正法案」が国会を通過しました。牛歩もどうかですが、審議はリニアの疾風の如くでした。以下の文章は1989年5月に発表(出版)された司馬さんの「二十一世紀に生きる君たちへ」(「諸学国語」6年下・平成元年用・大阪書籍株式会社)のものです。日本国民に限らず異国人や異民族への「いたわり」や「他人の痛みを感じること」、「やさしさ」について、その訓練法を説いています。小学生よりもどちらかと言えば大人向けのメッセージのようにも思えます。労働者として日本に来てくれる人々以上にわれわれ受け入れる側の努力と忍耐と覚悟が必要と言うことでもあります。つづく。12月12日。

二十一世紀に生きる君たちへ」(司馬遼太郎)
 私は、歴史小説を書いてきた。
 もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。
 歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、
「それは、大きな世界です。かって存在した何億という人生が
そこにつめこまれている世界なのです。」と、答えることにして
いる。
 私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。
 歴史のなかにもいる。そこには、この世では求めがたいほどに
すばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさ
めたりしてくれているのである。
だから、私は少なくとも2千年以上の時間の中を、生きてい
るようなものだと思っている。この楽しさは --- もし君たち
さえそう望むなら --- おすそ分けしてあげたいほどである。

 ただ、さびしく思うことがある。
 私がもっていなくて、君たちだけが持っている大きなものがあ
る。未来というものである。
 私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀
というものを見ることができないにちがいない。
 君たちは、ちがう。
 二十一世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがや
かしいにない手でもある。
 
 もし、「未来」という街角で、私が君たちを呼び止めることが
できたら、どんなにいいだろう。
 「田中くん、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている、
二十一世紀とは、どんな世の中でしょう。」
 そのように質問して、君たちに教えてもらいたいのだが、た
だ残念にも、その「未来」という街角には、私はもういない。
 だから、君たちと話ができるのは、今のうちだということで
ある。
 もっとも、私には二十一世紀のことなど、とても予測できない。
 ただ、私に言えることがある。それは、歴史から学んだ人間の生き方の基本的なことどもである。
 
 むかしも今も、また未来においても変わらないことがある。そこに空気と水、それに土などという自然があって、人間や他の動植物、さらには微生物にいたるまでが、それに依存しつつ生きているということである。
 自然こそ不変の価値なのである。なぜならば、人間は空気を吸うことなく生きることができないし、水分をとることがなければ、かわいて死んでしまう。
 さて、自然という「不変のもの」を基準に置いて、人間のことを考えてみたい。
 人間は--くり返すようだが--自然によって生かされてきた。古代でも中世でも自然こそ神々であるとした。このことは、少しも誤っていないのである。歴史の中の人々は、自然をおそれ、その力をあがめ、自分たちの上にあるものとして身をつつしんできた。
 その態度は、近代や現代に入って少しゆらいだ。
 --人間こそ、いちばんえらい存在だ。
という、思いあがった考えが頭をもたげた。二十世紀という現代は、ある意味では、自然へのおそれがうすくなった時代といっていい。
 同時に、人間は決しておろかではない。思いあがるということとはおよそ逆のことも、あわせ考えた。つまり、私ども人間とは自然の一部にすぎない、というすなおな考えである。
 このことは、古代の賢者も考えたし、また十九世紀の医学もそのように考えた。ある意味では平凡な事実にすぎないこのことを、二十世紀の科学は、科学の事実として、人々の前にくりひろげてみせた。
 二十世紀末の人間たちは、このことを知ることによって、古代や中世に神をおそれたように、再び自然をおそれるようになった。
 おそらく、自然に対しいばりかえっていた時代は、二十一世紀に近づくにつれて、終わっていくにちがいない。
 
 「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている」
と、中世の人々は、ヨーロッパにおいても東洋においても、そのようにへりくだって考えていた。
 この考えは、近代に入ってゆらいだとはいえ、近ごろ再び、人間たちはこのよき思想を取りもどしつつあるように思われる。
 この自然へのすなおな態度こそ、二十一世紀への希望であり、君たちへの期待でもある。そういうすなおさを君たちが持ち、その気分をひろめてほしいのである。
 そうなれば、二十一世紀の人間は、よりいっそう自然を尊敬することになるだろう。そして、自然の一部である人間どうしについても、前世紀にもまして尊敬し合うようになるのにちがいない。そのようになることが、君たちへの私の期待でもある。
 
 さて、君たち自身のことである。
 君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。
 --自分にきびしく、相手にはやさしく。
という自己を。
 そして、すなおでかしこい自己を。
 二十一世紀においては、特にそのことが重要である。
 二十一世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。科学・技術が、こう水のように人間をのみこんでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が、科学と技術を支配し、よい方向に持っていってほしいのである。
 右において、私は「自己」ということをしきりに言った。自己といっても、自己中心におちいってはならない。
 人間は助け合って生きているのである。
 私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめ
の画がたがいに支え合って、構成されているのである。
 そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きて
いる。社会とは、支え合う仕組みということである。
 原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。
それがしだいに大きな社会になり、今は、国家と世界という社
会をつくり、たがいに助け合いながら生きているのである。
 自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつく
られていない。
 
 このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな
道徳になっている。
 助け合うという気持ちや行動のもとは、いたわりという感情
である。
 他人の痛みを感じることと言ってもいい。
 やさしさと言いかえてもいい。
「いたわり」
「他人の痛みを感じること」
「やさしさ」
 みな似たような言葉である。
 この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。
 根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練
をしてそれを身につけねばならない。
 その訓練とは、簡単なことだ。例えば、友達がころぶ。ああ
痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分でつくりあ
げていきさえすればよい。
この根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、
他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。
 君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、二十一世紀は
人類が仲よしで暮らせる時代になるのにちがいない。
 
 鎌倉時代の武士たちは、
「たのもしさ」ということを、大切に
してきた。人間は、いつの時代でもたのもしい人格をも持たねば
ならない。た人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないの
である。
もういちど繰り返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言っ
た。自分にきびしく、相手にはやさしく、とも言った。
いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。
それらを訓練することで、自己が
確立されていくのである。そして、”たのもしい君たち”になっていくのである。
 
 以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくう
えで、欠かすことができない心がまえというものである。
 君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかと
した心を持たねばならない。
 同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつ
つ歩かねばならない。
 私は、君たちの心の中の最も美しいもの
を見つづけながら、以上のことを書いた。
 書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがや
いているように感じた。
(平成元年「小学校国語六年下」大阪書籍)


固定リンク | 2018年12月09日【122】

今週のつぶやき親仁・2018年12月2日(日)〜12月8日(土)

●ついでながら司馬さんの「この国のかたち」から。「四百語ほどの単語をおぼえておけば、包(ゲル)で暮らせる」「食べる、眠る、風が吹く、風邪をひいた、羊、馬、駱駝、牧草の名、犬をつないでくれ・・・・・・そういう日常生活単語をあつめると、四百か、多くて六百ぐらいにちがいない。たとえそこで土着しても、四百語だけで生涯がすごせる。」(司馬遼太郎「この国のかたち・六」・pp91〜92・文春文庫)。家族内の日常生活と今回のケースを単純に一緒くたにはできなかもしれないが、どう考えても五十歩百歩の範囲だろう。中学・高校の時の英単語の試験を想い起こせば、外国人労働者のためにも、そして日本国のためにも簡単な英語を覚えることはそんなに苦にはならないであろうに。自分が地球の反対側の日本語が全く通じない国に行った時を想像してみたらどうか。そのくらいができないようじゃ我儘傲慢としか言いようがない。12月7日。

●私の見た「日本での外国人労働者の環境」の譚。ある運搬業者にアフリカ出身の男性が雇用されていた。彼の仕事の合間に少し話かけてみた。日本に来て数年たっているが日本語は堪能でないようだった。仕事の内容は主に物の持ち運び。「〇〇を持って来て」とか「〇〇を退けて」とか「〇〇を持ち上げて」・・・・・・といった簡単な、いわゆる単純(重)労働である。彼の名前は呼ばれるが、そのほかはすべて日本語である。現場とあって丁寧語なんて有り得ない。優しい言葉を悠長に使っていたらそれこそ怪我や事故のもとだ。現場に緊張感は必須だ。であるから厳しい言葉も強い言葉もあっていいし、なくてはならない。が、が、が、・・・・・・だ。「物の名前」や「持って来る」とか「持ち上げる」とか・・・・・・英語圏出身や英語のわかる外国人ならば、そのような簡単な単語は英語を使うべきであろう・・・・・・現場を目の当たりにしての率直な感想だ。怒鳴られながら一生懸命に動いている彼を見て可哀そうになった。希望と夢を抱いて地球の裏側(日本)まで来たのに・・・・・・である。会社でそういう(英語の)教育研修を日本人スタッフにすべきということだ。つづく。12月7日。

●「外国人労働者拡大法案」の譚。先日、ア〇ゾ〇に「岩井」を5本注文し送られてきた段ボールを開けると瓶が木端微塵に砕けていた。それも宅急便の配達員が中身のチェックを促した後のことだ。中身はすっかり段ボールに染み込んでアルコールは蒸発しきっていた。原因は粗雑な梱包にある。段ボールの中は瓶がくるくる踊れるくらいに空間だらけ。エアクッション(プチプチ)は用をなしていないのである。段ボールもよれよれの虚弱なものだった。運よくかどうか、割れていたのは1本のみ。むろん全部返品し、すぐに〇天で取り寄せたが、こっちはガラスの模範梱包であった。すぐにア〇ゾ〇から電話があり返金等の手続をしたが、対応に出た女性は外国人で日本語での意思疎通が不完全。途中何度か上役に確認を取っていたのか電話を待たされたが埒が明かず、代わったチーフと名乗る女性も外国人。流石にこちらの会話は成立。ア〇ゾ〇のカスタマーサービスセンターが日本にあるのかないのか、はたまた外国のどこなのか知らないが、トラブル処理までも日本語で意思疎通できない外国人を雇用しているのか・・・・・・少しびっくり。そもそも日本人があのようないい加減な梱包をするのか、できるのか(故意に粗雑に)、そこからして大疑問である。つづく。12月7日。


固定リンク | 2018年12月02日【119】

今週のつぶやき親仁・2018年11月25日(日)〜12月1日(土)

●あるベテラン主婦の譚・・・・・・「宮崎獲れの鰯は鮮度が悪い」。近海獲れなのに三重や鳥取(境港)や長崎に比べてもだ。遠方の方が近海より鮮度が落ちる。その鮮度は先ず、魚体の中央を親指と人差し指で掴みんでみる。頭と尾が下に垂れたらだめだ。同時に指先に少し力を加えて弾力をチェックする。それに目と鰓周囲の傷み具合も見逃さない。このチェックは前時代の手法で、今は衛生面から御法度ですぞ。そのため氷の入ったプラスチックの小ぶりのトロ箱の横にはトングが置いてありますから。私は手術でピンセットを扱うようにジェントルに魚体を持ち上げ、上記の3点をチェックする。私も最近は産地(漁港)をチェックし、宮崎産なら余計に注意を払う。どうか、宮崎産の魚の鮮度アップを願う。確かに築地(今は豊洲)の鯵などの魚は、体操選手の静止のようにキリっと硬くて堅い。映像で見る限りだが。。12月1日。

●鰯の名は痛みやすい(腐敗しやすい)弱い魚だからか。鰯の腐ったような目は腐りかけた生気のない人間の目のことか。その鰯の漢字は国字というから、魚好きの日本人の当て字である。中国の鰮は日本後の借用で、ロシア語もそうでイヴァシーというらしい。その鰯、今日も近くのスーパーに並んでいたから、2尾買って来て「いのす」を絞って戴いた。鰯は青魚なのでDHAやEPAの不飽和脂肪酸が豊富だが、良いことばかりではなく尿酸の源となるプリン体も多く含むから、加減して摂食しなくてはならぬ。その鰯だが今は漁獲量が激減している。その原因は気候変動であって、クジラによる捕食ではないという。そのなかでも宮崎は漁獲量が高く、年によっては全国の1割を占めるそうだが、スーパーで宮崎獲れを目にするのが珍しいのはどういうことか。今日のスーパーは品薄で、かつ高値であった。鰯の他に小エビをかって掻揚で食らった。つづく。11月27日。

●もうすぐ冬至。冬至と言えばユズだ。そうです、宮崎県北の山間部では「いのす」(「ゆのす」とも)と言います。四国は小型のユズを「いのす」と言う地域が多いそうですが。とまれ、旧南郷村生まれの私としては「ユズ」と「いのす」違う品種なのです。佐土原ナスと米ナスほどの違いでしょうか。専門家に遺伝子まで調べてもらいたいくらいですが・・・・・・がががががが。その「いのす」が26日の昨日、田舎から箱いっぱいのどっさりと送られてきました。宅急便の宛名書はまだスラスラの生き生きとしたおふくろの文字でした。その「いのす」との相性抜群なのがです。早速いつもパトロールする近くのスーパーにちゃりで出掛け、ウルメ鰯をゲット。その鰯を三枚に尾引いて半分に横断した「いのす」を一尾に一個、たっぷりと身が浸るほどに掛け回します。そして数分したら、ワサビと醤油で戴く。醤油はくれぐれもちょっぴりであります。半身に数滴ですぞ。鰯の渋みを半分は残さないとだめです。「いのす」の浸かり過ぎは禁物ということです。つづく。11月27日。

固定リンク | 2018年11月25日【121】

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